第292話 分体ギジーの成長 その3
――ハザン帝国帝都の冒険者ギルドに併設された酒場でベルディーは怒りを抑えきれずにいた。
「ダンジョンを国として認めるだと!? 聖王国は何を考えているんだ?」
「さてねぇ? きっと僕達には分からないふかーい考えでもあるんじゃないの?」
アースのダンジョンが国家として認定されて数日が経過し、冒険者や一般市民にもその情報は浸透していた。
そんな前代未聞の知らせなど、まったく埒外だったベルディーは興奮冷めやらぬ様子である。
それもそうだろう。彼女にとって、あのダンジョンンは何よりも因縁深い場所なのだから。
「あの、その、ベルディーさん、少し落ち着いて……」
「これが落ち着いていられるか!」
「ひゃっ……」
怒鳴られてファーリーは委縮する。
やれやれと、ヴァレッドは溜息をついた。
「オリオンはなにをしているんだ! アイツは民衆を静める良いアイディアがあると言っていたではないか! それがこれか! アイツは私を騙していたのかっ」
ベルディーはオリオンからフォード砂漠で起こった戦いの事情を聞いている。
帝都の混乱や、市民の不安も肌で感じていた。
だからこそ、時期を見て聖王国がそれらを解消する為に、何かを発表すると聞いて期待していたのだ。
それが蓋を開けてみれば、魔物の国の設立などと、悪い冗談にも程がある。
これで落ち着いていろと言う方が無茶である。
「まあまあ、落ち着きなよベルディー。ほら、これでも食べてさ。なんか最近、リキュア連邦のほうから輸入された魚介類を使ったスープらしいよ」
ヴァレッドから差し出されたスプーンにベルディーは食らいつく。
そこは食べるんだ、とファーリーは思ったが口には出さなかった。
「……美味い」
「いやぁ、昔はこんな鮮度のいい魚、帝都じゃまずお目にかかれなかったってのに、今ではこんな安い値段で食べれるんだから良い時代になったよね。転移ダンジョン様様だ。この味を知ったら、もう元の生活には戻れないだろうねぇ」
「ッ……」
ヴァレッドが何を言いたいか、ベルディーにもすぐに分かった。
「……どうしてお前はそこまで落ち着いているんだ?お前だって、あのダンジョンにはお前だって決着を付けたい相手がいるだろう?」
「まあね。でもここ最近、僕全然良い事なかったし、何かと蚊帳の外だったからさぁ。なんと言うか、当事者意識? みたいなのが薄くなってるんだよねぇ。逆にベルディーは神災事変も百鬼夜行もなんだかんだ中心に居たじゃん? 羨ましすぎて逆に冷静になってる、みたいな?」
「……意味が分からん。だいたい帝都の時も、フォード砂漠の時も私はただ巻き込まれただけだ。まあ、おかげでコイツの力を引き出せたのは幸運だが……」
ベルディーは背中の槍に指を這わせる。夢霧ジョーカーとの死闘、フォード砂漠での皇獣アジルとの戦闘を経て、ベルディーは完全にグングニルの力を覚醒させた。
その実力は今や、龍殺しの英雄ヴァレッドを差し置いて、帝都でも最強と謳われる程だ。
「まあ、いいんじゃない? 国として認められてもダンジョンへの立ち入りは禁止されてないみたいだし。まあ、ゴーレムならまだしも、ネームドクラスの魔物を殺せば問題になるかもしれないけど」
「ふざけるな! そんなの認められる訳ないだろうが!」
ベルディーがテーブルを叩くと、周囲の冒険者たちに動揺が走った。
「ッ……すまん、流石に騒ぎ過ぎたな……」
冷静になったベルディーは店を出ようと立ち上がる。
ふと、視線を感じた。
「?」
視線の先を見れば、アオザイ風の衣装を着たツインテールの少女が自分を見ていた。
「――怒りの感情。とても興味深いです」
とてとてと、少女はベルディーの方へ近づいてくる。
「な、なんだお前は……? ここはお前のような子供がいていい場所じゃないぞ」
「それよりもその感情を教えてください。何故、貴女はそれ程までに怒っているのですか?」
「……子供に聞かせる話ではない」
「怒りの感情に、様々な思念や別の感情が混じっているように見えます。その理由を教えてください。是非、参考にしたいです」
「いいから、保護者はどこだ? まさか一人で来たわけじゃないだろう?」
「ん、その子は、自分達の連れ。迷惑、かけてごめんなさい」
すると、ベルディーとギジーの間に割って入るように、ドスが現れる。
「……烈風か。貴様の妹か? まさか子供ではないだろうな?」
「ん、妹」
「そうか。兄なら妹の面倒くらいきちんと見ておけ。……いざという時に離れていた取り返しがつかんからな」
「ん、忠告感謝」
ベルディーは二人に背を向けると、店を出る。
「あらら、僕まだ食べてるんだけどねぇ。まあいいや。店員さん、お金はここにおいていくよ」
「待って下さいよ、ベルディーさん」
彼女の後を追うように、ヴァレッド、ファーリーも店を後にする。
一瞬、ヴァレッドがこちらを見ていたが、特にドスは気にしていなかった。
今もってウナとドスの正体は露見していない。知っているのは、オリオンやシュヴァイン卿をはじめとしたごく一部の者達だけだ。
一先ずは騒ぎにならなかったことにドスは安堵した。
「……対象が去ってしまいました。残念です」
「ん、どうして話しかけようとしたの?」
「彼女からは、今の私には解析できない複雑な感情の波を観測しました。怒りだけではない。様々な感情が渦巻いていました。それを解析できれば、より私の感情は成長し、ひいてはダンジョンの利益になると考えました」
「ん、向上心は立派。でも、時と状況も、考えるべき。一歩、間違えれば、戦闘になっていた」
「……その点については謝罪します」
万が一、戦闘になった場合は、当然ウナとドスがギジーを守る。
だが確実に騒ぎになり、注目を浴びる。ギジーの学習の為とはいえ、ドスとしてはあまり目立つ行動は避けたかった。
「ん、でもギジーも少し成長してる」
「どこがでしょうか?」
「人間に興味を持ち始めてる。自分から、ベルディーに接触したのはその証拠」
「……そうなのでしょうか?」
もしそうだとすれば、自分は少しでも成長しているのかもしれない。
人型のギジーに与えられた役目は人の持つ『欲望』と『感情』を学ぶことだ。
成長しているのであれば、それはとても嬉しい。
「むぐ……おふぁりましたか?」
すると口いっぱいに食べ物を頬張ったウナがやってきた。
どうやらこの姉、ドスに任せておけば問題ないだろうと、ずっと食事を続けていたらしい。
「……ドス様、この胸の底から湧き上がってくるドロドロとした感情の波はなんなのでしょうか?」
「ん、それがイラッとするって感情。でも長く付き合えば慣れてくる」
「……それは良い事なのでしょうか?」
「……ん、正直あまり良くはない」
この日、人型ギジーは様々な感情を学んだ。それをダンジョンの為に役立てる為に。
……ついでにドスへの信頼度が上がり、ウナへの信頼度がガクッと下がった。
一方その頃、ダンジョンにて――。
『よし……出来たぞ! 完成だ!』
アースがついに新たなゴーレム・ホムンクルスを完成させていた……。
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