第291話 分体ギジーの成長 その2


 ――根を張る。


 少しずつ、だが段々と長く、広く。

 植物型のギジーは根を張る事で、周囲の情報を吸収する。


 この分体を得て、既に二週間が経過していた。

 ギブルとの決戦までは残り二か月ほど。

 ギジーはひたすらに根を伸ばす。

 既にその根は深層全てをカバーし、エルド荒野全域に広がっていた。


『――根の範囲は現在の成長率ではこれが限界。

   情報網をカバーするために種子を放出――』


 次にギジーは僅かに大地から芽を伸ばすと一瞬で開花し、種子を放出する。

 種子はタンポポやガマの穂のように綿毛を付け、風に乗って一気に拡散。

 その種子は更に別の地で大地に根を張り、ギジーに情報を送る中継地点となる。

 更にそこから発芽し、種を飛ばしのサイクルを繰り返す。


『――試算完了。およそ一月で大陸全土に根を伸ばす事が可能。植物を介したネットワークを再構築……成功。転移門を使用し、別大陸への拡散を試算……。試算完了。星全体へのネットワークには最低でも三年は必要。計画を修正し、大陸でのネットワーク強化を優先する』


 淡々と、段々と、植物型ギジーは自らの分身を拡散してゆく。

 そしてその情報を元に、ダンジョンと、そして己の強化を行う。


『――お父様は私を伝説の植物ユグドラシルをモデルに設計した。そのモデルに恥じぬように成長しなければ……』


 ユグドラシル。

 それはかつてこの世界に存在した伝説の大樹だ。


 それはまだこの星が出来て間もなかった頃の話だ。星脈の魔力の噴出点――こぶに根を張り成長したその植物は、大樹というには余りにも巨大に成長した。

 大陸に根を張り、大気圏を越えて巨大化したその大樹は、やがて星脈の魔力すら吸い尽くしてしまう程であり、それを危惧した真龍によって大陸ごとこの星から切り離された。それはまだ真龍がこの星と一つになって間もなかったからこそ可能だったことだ。


 ユグドラシルはこの星を創った真龍にすら、その存在を危惧された程であった。

 切り離されたユグドラシルは宇宙を漂い、今も様々な星々に根を張り、その身を成長させ続けているという。


 ――という情報を、ギジーは根を張った大地を介し、星脈から吸い上げた。


 おそらくそこにギブルの意思はなく、星脈が『警告を込めて与えた』と言うべきだろう。

 お前も成長し過ぎれば、いずれこうなるという意味を込めて。

 だがギジーは躊躇わない。


『――ダンジョンの為に成長を続ける。それが私の存在意義』


 植物型ギジーは成長を続ける。

 全ては父とダンジョン、そしてそこに住まう全ての眷属の為に――。



◇◆◇◆◇



 眠いときに寝る。

 起きたら、のんびりとダンジョン内を探索し、飽きたらまた寝る。 

 動物型のギジーはモデルとなった猫の生態をなぞるように活動していた。

 この体はトレスやツムギにとても評判がいい。

 見つけると必ず体を撫でてくる。

 その行為に一体何の意味があるか分からないが、悪い気分ではなかった。


「みゃぉ」


 とりあえず猫のように鳴いてもみた。

 鳴いたところで特に意味などないのだが、猫である以上、猫のように振る舞うべきだろう。

 カリカリとダンジョンの壁で爪を研ぎ、高い所に登っては降りられなくなり、仕方なく転移門を開いて降りる。

 いったいこの行為に何の意味があるのか、まだギジーには分からない。

 分体である以上、当然、猫の真似と共に様々な情報を並列して処理してゆく。

 ダンジョンの修繕から、デッサン型ゴーレムの作成、新たなトラップの設置、砥ぎやすい壁の設置に、リラックスしてトイレが出来る砂場もきちんと設置する。


『おーい、ご飯だぞー』


 届いたその思念に、ギジーは素早く反応する。


「まぅ」


 ぺしぺしと前脚でダンジョンの地面を叩くと、転移門を開き、声の主の居る場所へと直行。

 そこには自分の数十倍はあろうかという巨大な龍が居た。


 ――アース。ギジーの父親であり、このダンジョンの主。そしてこの分体の飼い主。


『ほら、魔石だ。砕いて食べやすくしてるからゆっくり食べろよ』


「みぅー」


 エサ皿に盛られた魔石を食べる。

 別にこんな事をしなくても、ギジーはダンジョン――というかアースから常に魔力を供給されている。だが、この分体は猫である以上、猫の生態に則った活動をすべきなのだ。


「けっぷ……かっ、かっかっ……ごろろろ……けはっ」


 急いで食べ過ぎたのか、ちょっと戻してしまった。

 本当にこの体は不便だ。碌に消化機能も備わっていない。


『あらら、また吐いちゃったか。別にそんなに慌てて食べなくても良いんだぞ?』


「……みゃぉ」


『……だ、駄目だぞ? あんまし食べ過ぎると太るからお代わりは駄目だ。そんな目で見つめても駄目なものは駄目だからな。絶対に駄目だ』


 ――その後、無事にお代わりを貰い(今度は吐かなかった)満腹になったギジーはアースの傍で丸くなって寝る。


 果たしてこの行為に何の意味があるのか?


 分からないが、少なくとも悪い気はしない。

 そのうちダンジョン内だけでなく、外もこの体で探索してみよう。

 ギジーはそう思うのだった。



◇◆◇◆◇



 ――不便だ。


 この分体に入ったギジーが一番最初に感じたのは不満だった。

 まず体が小さい。せっかくの人型ならば、ドスのように体躯のいい方が性能もよく、様々な作業も効率的に行えるだろう。


 だがギジーに与えられた分体はとても小さい。幼子といっていいくらいだ。

 走ればすぐに息が切れるし、喋ろうとしても舌足らずで上手く声も出せない。

 きちんと喋れるようになるまでかなりの時間を要した。ギブルとの決戦まで三ヶ月もないこの時期に、こんな些細な事に時間を消費していいはずがない。

 アースの事は父親として敬愛しているが、これでは文句の一つも言いたくなるというものだ。

 そもそも何より不満なのが――。


「……何故ダンジョンの外に出ているのか理解出来かねます」


「ん、パパの命令。ギジーに外、の世界を見せろって」


「美味しいお店をたくさん紹介してあげますね。楽しみにしていて下さい」


「……」


 何故か、人型のギジーはウナとドスに連れられて、こうしてダンジョンの外――ハザン帝国帝都に赴いていた。

 帝都の真下にはファーブニルのダンジョンが存在する為、そこを中継すれば、遠隔で演算を行う分にはなにも問題ない。

 問題ないのだが――。


「……この胸の内側から湧き上がる嫌悪感はなんなのでしょう……?」


 人型ギジーは人ごみに嫌悪感を隠しきれなかった。


「ん、ギジーには、色んな経験を、してほしい。外、の世界は、刺激がいっぱい。きっといいい経験に、なる」


「……ドス様がそういうのであれば従います」


 ギジーの中でドスの評価は非常に高い。

 アース、アンと同じく最上位の信頼度だ。


「ほら、ギジー。これも食べてみてください。とても美味しいですよ。はむっ」


「……姉さん、口汚れてる」


「んむ、ふぁりがとうです、ドス」


 一方、姉であるウナの評価は低い。

 エリベルやヘルミスと同じランクだ。このランクはギジー的に能力的には問題ないが、人格に甚だ問題がある部類である。

 人型ギジーは、ウナから貰った串焼きを食べる。魔石以外の経口摂取はこれが初めてだ。

 しっかりと噛みしめ、その味を堪能し、ごくりと飲み込む。


「どうですか? 美味しいでしょう?」


 ウナはキラキラした目で、人型ギジーの評価を待つ。


「……調味料に頼りすぎていると思います。肉も火が通りすぎていて硬くなっています。薪の本数を減らし、弱火にしたうえで焼き時間をあと四十秒減らすべきです。調味料は辛みを抑え、果実類の甘味を加えればより味わいが深くなると思われます。値段から考慮すれば、ハザン帝国で一年を通じて安価で入手できるパボの実が合理的かと。また薪の本数が減れば店の資金繰りも多少は改善されるでしょう。お酒を飲まれる方にはこの程度の辛みでも問題ないでしょうが、帝都の現在の人口比率、観光人数から行けば、先程の改良を行った方がより集客、利益に繋がります」


「……」


 ウナだけでなく、串焼きを渡した店主も一緒にポカンと口をあけて呆然となった。

 だが店主の方は、わなわなと震えたのち、ガシッと人型ギジーの手を掴んだ。


「ありがとうよ、嬢ちゃん。今の助言、明日から試してみらぁ」


「賢明な判断かと。より精進する事を期待します」


「がっはっは、何様だよ、嬢ちゃんは! 可愛げがねぇなぁ」


「……客観的に判断すれば、お客様であると思われます」


「ああ、そうだな。ちげぇねえ! ほらよ、お土産だ! 気に入らねぇ味付けかもしれねぇがコイツが食えるのは今日までだ! 大事に食っちまえ!」


 店主は高笑いし、人型ギジーは大量の串焼きをゲットするのであった。


 それからしばらくの間、人型ギジーはウナ、ドスと共に市場を視察し、行きつけの酒場へと入った。


「……人の行動は理解しかねます」


「ん、でもあの店主さん、よろこんでた。いいと思う」


「そうふぇすね。こうして……んむ。大量のお土産も貰いましたし」


 ウナは大量の串焼きを頬張り、ほっぺがリスのように膨らんでいる。姉の威厳、皆無である。


「……分からないことだらけです。この行動に果たしてどんな意味があるのでしょうか?」


 未だに意味を理解しきれない人型ギジーはちびちびと果実水を飲む。

 すると、少し離れた席から、怒声が聞こえてきた。


「――ふざけるな! そんなの認められる訳ないだろうが!」


 女性の声であった。

 視線を向ければ、そこにはギジー達にとっても因縁の深い相手がいた。

 銀髪に、眼帯、赤い槍を携えた長身の女性。


 ――『穿界』ベルディー・レイブンである。

 

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