第288話 背中から刺されるとはこのことにゃ!
「んで、ギジーを改造するって言ってたけど、具体的にどうするわけ? 変な方法だったら承知しないわよ?」
「にゃはは、そんな訳にゃいって。ギジーちゃん本体には特に手は加えないにゃ。……少なくとも今のところはにゃ」
「……?」
「ペルシア、紙」
「どうぞ」
ヘルミスが手を出すと、隣に居たペルシアが紙とペンを差し出す。
……あれ、俺が前世で使ってたボールペンに似てるな。
こっちの世界でも似たような筆記用具があるんだ。
「ギジーちゃん本体の性能は既に完成に近いにゃ。ならそれをより強化するにはどうすればいいか? 簡単にゃ。子機を作ればいい。ギジーちゃんの演算を補佐するサポート迷宮核。数は四つってとこかにゃ」
さらさらと、ヘルミスは紙にイメージ図を書いてゆく。
中心の丸い球はギジーだろう。その周囲に、小さい球が四つ、衛星のようにくるくると回る感じのイメージ図だ。
地球と月みたいな感じだな。こっちの月は二つあるけど。
「……それだけ? この程度の発想なら、私もとっくの昔に考えたわよ? やらなかったのは――」
「――既に大陸や世界各地に作り上げた中層ダンジョンがサポート迷宮核と同じ働きをしているから、かにゃ?」
「……!」
エリベルの言葉を先読みするように、ヘルミスは言う。
「確かに良く出来たシステムにゃ。たとえダンジョンの一部を破壊されようとも、別の場所にあるダンジョンが機能している限り、迷宮核の演算機能は損なわれない。対ダンジョン破壊術式の副産物ってところかにゃ?」
……コイツ、ダンジョン破壊術式のことまで知ってるのか。
いや、知ってると言うよりも解析した結果か。……とんでもない頭脳だな。
「でもさっきも言ったけど、これは潤沢な魔力と魔石があるからこそ可能なシステムにゃ。魔力が減れば、ダンジョンのシステムは加速度的に弱体化する。百鬼夜行じゃ、その辺がネックになって苦戦したんじゃないかにゃ?」
『……まるで見ていたような口ぶりだな?』
「オリオンちゃんとシュヴァイン卿から聞いた話と、エンデュミオンが受けた被害から予想しただけにゃ。魔王アジルが本格的な侵攻の前に、大陸の各地に魔物を放ったのも、人間の戦力を削ぐことよりも、このダンジョンの表層部分の魔力供給を削ぐことが目的だったと思うにゃー」
……確かに各地で魔物被害が増加した影響でダンジョンに挑戦する冒険者も、転移門を使った物流もかなり減った。表層ダンジョンの魔力は深層だけでなく、そこに挑戦する冒険者や民間人からも集められている。強制的に吸い上げているのではなく、あくまで自然に葉っぱが二酸化炭素を吸収するように、自然に消費された魔力、自然に流れている魔力を吸収する形でだ。
強制的に吸い上げることも出来るが、それじゃあ誰もダンジョンに来ないし、転移門も活用してくれないからな。
生成されるデッサン型ゴーレムや宝箱の消費量くらいなら余裕で賄えていたのだが、利用者が激減した所為でもっぱら深層からの魔力が持って行かれるばかりだった。
ダンジョン全体の魔力総量からすれば微々たる量だが、それでも全く影響がなかったとは言えない。
現にあの戦いで、ダンジョンの魔力と魔石、トラップの貯蓄はほぼ使い切ってしまったのだから。
「……そういえば各地で被害を出していた魔物にアジルの正規の眷属は一体もいなかったらしいわね。失っても痛くない戦力で、こちらの力を削っておく。成程、理にかなってるわね」
「だからこその、このサポート迷宮核にゃ。これらにはダンジョンの魔力を吸収する機能を付与させる」
「吸収……?」
「そう。今のダンジョンの魔力を吸収し、必要に応じて放出させる。潤沢に循環している魔力を、通常時は必要最低限に、非常時には通常以上にするにゃ」
『……成程、確かに単純だけど良い仕組みだな』
「……むしろ何で今までやらなかったのにゃ?」
「そこを突かれると、こっちも頭が痛いわね。この馬鹿の魔力量があまりにも多すぎて、節約なんて当たり前の発想を忘れてたわ。……そもそもここしばらく節約できるような状況じゃなかったし」
エリベルは自らを省みるように、深くため息をつく。
まあ、確かにここしばらく戦い続きだったからな。ダンジョンの貯蔵を気にしてる余裕は無かった。
「それにこれから先もしばらくは貯蓄に回せる魔力もあるか分からないのよね……。今のダンジョンの状況的にも」
『だよなぁ……』
ギブルがダンジョンの代替わりを行うまであと三ヶ月。正確には二か月と半分くらいか。
ただでさえ修繕で手一杯の状況で貯蓄に回せる魔力があるとは思えない。
俺も魔力量は前より増えたけど、それでも結構な量をギジーに供給してる……らしい。あんまし実感がないけど。
「……なんかあるのかにゃ?」
「まあ、色々とね」
エリベルははぐらかす。
まあ、流石に神災龍王と事を構える予定だなんて言えないわな。
「ふーん、まあにゃんでもいいけど。つまり今は、この有り余ってる魔力を常にフル活用しなきゃいけないような状況ってことにゃ? その割には修繕に手一杯みたいにゃけど……」
うーん、とヘルミスは唸ると、しばし考え込む。
ややって、何かを閃いたようにこちらの方を向いた。
「じゃあ、こんなのはどうかにゃ? アタチが創るサポート迷宮核に付与する機能にゃんだけど、そこに追加で――……」
ヘルミスのアイディアを聞いて、俺とエリベルは思わず顔を見合わせる。
「……成程、それはいいアイディアね」
『確かにそれならダンジョンの魔力はかなり抑えられるけどいいのか? その……色々と後で問題になるんじゃないか?』
「にゃはは、問題ないにゃ。オリオンもシュヴァイン卿も
それなら問題ないな。しかしよくそんな方法を思いつくもんだ。
「仮にアンタの案を採用するとして、サポート迷宮核はどれくらいで出来るの?」
「材料になる魔石さえあれば、最短で三日で出来るにゃ」
「なら魔石はこっちで用意するわ。アース、いいわよね?」
『ああ、問題ない。一番いいヤツを準備する』
何か特別な日に食べようと思っていたとっておきの魔石がある。あれなら、ギジーのサポート迷宮核に丁度いいだろう。
「……本当に大丈夫にゃ? 言っておくけど、アタチが要求するレベルの魔石は結構シビアにゃレベルよ? それこそボルヘリック王国でも滅多に取れないレベルの一級品以上にゃ」
「ボルヘリック王国基準で一級品? なんだその程度ならすぐに準備できるわよ」
エリベルはテーブルに備え付けられた端末を操作する。
すると、小さな転移門が開き、テーブルの上にいくつかの魔石が現れた。
それを見て、ヘルミスたちは顔色を変える。
「……! な、なんにゃこれ? とんでもない純度の魔石だにゃ。一級どころか特級クラスの純度にゃ……」
「凄い……これ一つで、エンデュミオンの中央区の消費魔力を半年は魔力を賄えますよ?」
驚愕する二人に、エリベルは満面の笑みを浮かべる。
「それはサンプルに上げるわ。足りないなら追加でいくらでも用意するわよ」
「ま、マジかにゃ!? わ、分かったにゃ。すぐに作業に取り掛かるにゃ」
え? その程度の魔石で大丈夫なの?
てっきりもっといい魔石が必要だと思ったけど……。
まあ、俺としてはへそくりの魔石を消費しなくてよかったわ。
するとお付の人の表情が変わる。
「つ、追加で用意できる!? 是非! 是非、お願いします! このレベルの魔石が自由に手に入るならエンデュミオンは救われます!ああ、アース様、ダンジョン様、ありがとうございます……!」
テーブルに頭がめり込むんじゃないかってレベルで頭を下げている。
そういえばエンデュミオンは産業や都市機能が魔石に依存した形態だったっけ?
俺達のダンジョン国家の建立の賛同とかもその辺が関わってるってそう言えば言っていた気がする。
とりあえず追加で同じレベルの魔石を山ほど渡すと、滅茶苦茶感謝された。
「……ありがとうございます。魔術都市エンデュミオンは貴方方に永遠の忠誠を誓います。この馬鹿――あ、いや、へスミス区長をどうぞお好きにお使いください。なんならこのダンジョンに差し上げますので奴隷のようにこき使って頂いて構いません。なので是非、今後とも魔石の取引を――」
「ぺ、ペルちゃん? 今、さりげなくアタチを売ったにゃ? き、聞き間違いだよにゃ?」
「ヘルミス区長、いや、ヘルちゃん。私はアナタ一人を売ってエンデュミオンが救われるなら、いくらでもアナタを売るわ」
「お、幼馴染をなんだと思ってるにゃ!?背中から刺された気分にゃ!」
「刺しやすそうな背中してるのが悪いのよ」
「嫌にゃ!ダンジョンは好きだけど、アタチの居場所はエンデュミオンでペルちゃんの隣にゃー!」
ぎゃーすぎゃーすと騒ぐ二人。
とりあえず魔石の輸出に関しては、ベルクやルギオスの裁量に任せよう。
というか、この二人幼馴染だったんだ。
「あ、そうだにゃ。サポート迷宮核を作るにあたって、魔石とは別に、もし可能ならもう一つ……いや、四つ準備してほしいものがあるにゃ」
『……なんだ?』
「それは――」
ヘルミスの言葉に、俺は再び目を見張る。
まじか? ギジーにそんなことをしても大丈夫なのだろうか?
「言ったはずにゃ。ギジーちゃんの機能を更に高めるのに必要なのはマイナスの思考と逆回転。それが共鳴し、より大きな歯車を回すんにゃ」
『……分かった。素材はある、そっちは俺がなんとかするよ。詳しい要望を聞かせてくれ』
その後、詳しい説明を聞いた後、ヘルミス達はダンジョンを後にした。
「……いいの? あんな約束して?」
『問題ないよ。こないだ脱皮して素材は余ってるし、ギジーのパワーアップの為だ。いくらでも頑張るよ』
それじゃあ三日後までになんとか仕上げるとするか。
久々に腕が鳴るぜ。
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