第287話 変態だから優秀なのか?優秀だから変態なのか?


 ダンジョンの壁に体を這わせる猫耳全裸美女に俺達はしばしフリーズしてしまった。

 やっぱさぁ、人でも魔物でも理解出来ないものを目にした時って脳がバグるんだよね。

 脳が理解するのを拒んでいると言うべきか。


「えーっと……容姿からして、アレが魔術都市エンデュミオンの区長ヘルミス・ウル・エンデュミオンでいいの……かしら?」


『……事前に伝え聞いていた容姿と一致しますね。しかし、その……なんというか、アレが本当にそうなのでしょうか……?』


 エリベルとアンですら、自分の発言に自信が持てないくらいには混乱しているらしい。

 映像の隅にちょいちょい映るデッサン型のゴーレム達も、侵入者の余りの奇行っぷりに「これ、攻撃していいのかな?」と困惑気味の様子だ。

 そりゃそうだ。誰だってそうだ。


『にゃははは、あ~堪能したにゃぁ。確かにこれはこれは素晴らしいダンジョンだにゃぁ』


 すると奇行に満足したのか猫耳金髪美女――ヘルミス(仮)はいそいそと服を着た。


 ……全然エロくないな。なんかエリベルと同じで美女なのに残念というイメージが勝ってそういう目で見れない。

 というか、見たくない。色んな意味で直視したくない。


『さーて、聞こえてるかにゃー? この映像を視てるダンジョンの主さんたちー? アタチは魔術都市エンデュミオン中央区区長ヘルミス・ウル・エンデュミオンって者だにゃぁ。魔術都市を代表して、このダンジョンに挨拶に来たのにゃ』


 するとヘルミス(確定)はキョロキョロと周囲を見回しながら口を開く。


『あれ? 返事がないにゃぁ? あ、ひょっとしてアタチの裸を見て興奮しちゃったかにゃ~? もうしょうがないにゃぁ。まったくアタチは罪な女にゃねぇ……にゃふふ』


 いや、全然。まったく、これっぽっちも興奮などしておりません。いや、マジで。


「よし、アイツ殺しましょう」


『エリベルさん、その役目は私が負いましょう。あの無礼者の首を刎ねてあげます』


『いや、二人ともちょっと待って! 駄目だから! 殺しちゃ駄目だって!』


 二人から出た殺気に、俺は思わず慌てる。


「……冗談よ」

『……冗談です』


 本当か? 本当に冗談か? 二人とも目が全然笑ってないんだけど。

 エリベルは大きく息を吐くと、殺気をおさめ、普段の表情に戻った。


「流石にちょっと信じがたいけど、アイツが話に聞いていたヘルミスで間違いなさそうね」


『だな。どうする? 中層の会議室に通すか?』


 以前シュヴァイン卿との対談に使った時のように、中層にもいくつかの対話スペースが設けられている。転移門を使えば、中層のどこからでもそこへ通す事が可能だ。

 エリベルは端末を操作すると、ヘルミスとそのお付の人の傍に転移門を発生させる。


「聞こえてるかしら? 話をしたいから、その転移門を通ってこっちに来て頂戴」


 すると映像の中のヘルミスが表情を変えた。


『にゃ? ようやく声が届いたみたいだにゃぁ。ほー、ダンジョン内にゃら自在に転移門も発生可能。増々素晴らしいダンジョンだにゃぁ』


『へ、ヘルミス様、これ本当に大丈夫なんですか?』


『にゃはは、そもそも殺すつもりならアタチらなんてとっくに殺されてるにゃ。にゃからどうせなら死ぬ前にダンジョンの中を堪能しておこうと思ったけど大丈夫だったみたいだにゃぁ』


 するとお付の人が表情を変える。

 ちなみに見た目は緑色の髪のエルフっぽい人だ。耳が長いから多分、エルフだと思う。


『そ、そんなノープランでここへ来てたのですか? ふざけないで下さいよ!ヘルミス様の奇行に巻き込まれて死ぬとか真っ平御免です!私まだ結婚もしてないのに!』


『にゃから、結果オーライだったって言ってるじゃにゃいか。ペルちゃんは心配性だにゃぁ。……というか、その年でまだ結婚出来ると思ってるのにゃ? 流石にもう諦めた方がいいと思うにゃ……』


『お、大きなお世話です!』


 ……うーん、なんかあの付き人からは、ベルクやルギオスのような苦労人のオーラを感じる。上司がアレだと、部下は大変だよね。……なんか今、一瞬心が痛んだ気がする。


「……私、なんかあの付き人と仲良くなれる気がするわ」


 と思ってたら隣の独神ヒトリガミがなにやらシンパシーを感じでおった。

 ともかく二人は転移門をくぐり、中層の会議室へと移動する。


「さて、そんじゃ私達も行きましょうか」


『……おう、頑張ってくれよ』


「何言ってんのよ、アンタも行くのよ」


 しれっとエリベル達に押し付けようと思ったけど、やっぱ駄目だったらしい。

 仕方がないので、憑代に移って、俺達も中層へと向かった。



◇◆◇◆◇


 

「改めまして、初めましてだにゃぁ。アタチはヘルミス。いちおう魔術都市エンデュミオンの代表ってことになってるにゃぁ」


「……区長補佐のペルシアです。エンデュミオンにおける貴国との外交は私が担当いたします。至らぬ点もあるかと思いますがご容赦願いますように」


 お付の人はペルシアというらしい。

 ヘルミスは全く気負った様子がないが、こっちはかなり緊張した面持ちだ。

 だが表面上とは言え、貴国とわざわざ言う辺り、かなり敬意をもって接しているように思える。

 魔物の国なんて前例がないからな。理解はしても感情が追いついていないのだろう。かくいう俺もその一人です。


「……アースだ。このダンジョンの主だ」


「眷属のエリベルよ」


 テーブルを挟んで向かい合う形で、俺達とヘルミスらは挨拶を交わす。

 この場に居るのは、俺とエリベルの二人だけだ。だがすぐ隣の別室にアンとぷるる、トレスが控えているので、何かあればすぐに駆けつけられる形になっている。


 ……正直、もう帰りたい。


 この間の、シュヴァイン卿との会談でもうへとへとなんだよ。人と話すのって疲れるんだよ。


『頑張れ、相棒。これもちゃんとしたダンジョンの主になるための必要なステップだ』


 そんな立派な社会人になるため、みたいな台詞はやめてほしい。そういうしがらみとかが嫌で俺はダンジョンでのんびり引き籠りたかったのに……。


 あ、痛い。


 よく見たら、エリベルが足を踏んでいた。

 横目で「ちゃんとしなさい、この駄龍」と言っているのが分かる。

 なんで俺の周りの人達ってこんなに俺に厳しいのだろうか? もう少し甘やかしてくれてもよくない? 俺、主なのに。


『主だからこそ、きちんとしろ、相棒』


 正論パンチ痛いです。やめて。

 さて、そんな現実逃避もほどほどに現実を見ようか。


「さて、本来なら外交って、にゃんか難しい話とかするんだろうけど、アタチはそういうのは苦手にゃんだよね。だから、端的に用件を伝えたいんだけどいいにゃ?」


「……」


 俺とエリベルは無言で頷く。

 こっちとしても無駄なやりとりは無い方がいい。……主に俺のメンタル的な意味で。



「んじゃ、端的に――ギジーちゃんをアタチに改造させて欲しいにゃ」



 その言葉に、俺は驚く。一方でエリベルは想定内だったのか、表情は変わらず。


「さっき触診してはっきりしたけど、君たちのダンジョンは本当に素晴らしいにゃ。広大な広さと、それをカバーする転移門。学習機能を備えた無数のゴーレム。それらを可能にする潤沢な魔力。はっきり言ってこんなダンジョン、この大陸はおろか歴史上でも見たことが無いにゃ」


 パチパチとヘルミスは拍手をする。

 本心から、手放しに賞賛しているように見える。

 ダンジョンを褒められるのは俺としても悪い気はしないな。


「でも――足りにゃい」


 ぴたりと、ヘルミスの手が止まる。

 合わせた手を口元に添え、その眼から笑みが消える。


「ダンジョン全体のシステムが魔力に依存し過ぎてるにゃぁ。潤沢に魔力と魔石があるからこそ可能な強者の理論とギミック。ゴリゴリの力技。でも――それは裏を返せば、何の創意工夫もないワンパターンありきたりな駄作。弱者の理論、引き算が足りていにゃい。マイナスの思考を入れてこそ、歯車はより強く回り、作品はより輝く」


 ぐりんっ、とその猫のような瞳が俺達を見る。


「そこんとこ、ちゃんと分かってるのかにゃ? ねえ、エリベル・レーベンヘルツさん?」


「……へぇ、面白いわね。私にそんな舐めた口きくなんて」


「にゃははは。雰囲気が変わったにゃ。アタチはそっちの方が好みにゃ。んで、話は戻るけど、このダンジョン、君が二百年前に創った転移ダンジョンを元に創ってるよにゃ?魔術回路やギミックが似通ってる。過去作の仕組みを流用するなんて創意工夫が無いにゃぁ~」


 ピキッとエリベルの額に青筋が浮かぶ。

 おいおい、そんなに煽らないでくれよ。

 ウチの眷属はみんな、煽り耐性低いんだから……。


「……このダンジョンに来るのはこれが初めてと言ったわよね? まさかさっきの触診でそれを解析したっていうの?」


「にゃにをその程度のことに驚いてるのにゃ? ダンジョンの壁から魔術回路を把握できればこれくら楽勝にゃ。アタチを誰だと思ってるんにゃ? 魔術都市エンデュミオンの中央区長――この大陸の最高魔導技師にゃよ? ただのハレンチな猫耳お姉さんじゃないにゃ」


 ……そこは自覚あったのか。


「……成程、優秀な技術者ではあるようね。私に対する舐めた態度は一先ず置いておくとして、どうしてそこまでこのダンジョンに興味があるのかしら?」


「そりゃあ、魔道具が好きだからに決まってるにゃ」


 ためらいなく、ヘルミスは返答する。


「アタチは魔道具や、魔導技術が使われたモノが大好きにゃ。ダンジョンも迷宮核も、アタチにとっては魔道具と同じ。アタチはアタチの手でまだ見ぬモノを創りだしたい。それだけにゃ」


「その結果、魔物に協力することになっても? 人だって大勢死ぬかもしれないわよ?」


「結果にゃんて後世の歴史家が勝手に付ければいいにゃ。そもそも――」


 そこでヘルミスは俺達を見て、


「――自分で創ったモノを誇れない技術者がどこに居るにゃ?」


 たとえそれが魔物に協力することになっても。

 たとえそれが大勢の人々を殺すことになっても。

 生み出したモノがどんな結果をもたらしたとしても、決してそれを否定しない。

技術者としての誇りと美学。


『……これが魔術都市エンデュミオンのトップか。なるほど、イカれてやがる』


 もう一人の俺から念話が届く。

 うん、まあ色々ぶっ飛んでるねこの人。

 ふっと隣に居たエリベルが笑う。


「いいわ、気に入った。でも――私達の創ったダンジョンを駄作と言ったのは許せないわね」


 ズォッ! とエリベルから途轍もない程の殺気が放たれる。


「もしアンタのアイディアや技術がつまらないものだったらぶっ殺すわよ?」


「にゃはは、やっすい挑発に乗ってくれて嬉しいにゃ。勿論、その時はこの首、いくらでも差し上げるにゃ」


 ヘルミスの差し出した手を、エリベルは握り返す。

 魔術と魔道具。違いはあれど、この二人にはどこか通じ合うものがあるのだろう。

 二人の顔を見ているとそう思えてくる。


 ……というか、あれ?

 なんかこれ、エリベルが俺達のダンジョンの代表みたいな感じになってない?


『……今更だろ相棒』


 もう一人の俺のツッコミに、俺は何も返せなかったのであった……。



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