第286話 とびっきりの変態が現れた
あれから一週間が経過した。
それまでの騒動が嘘だったかのように静かな日々だった。
いや、色々とやる事はあったし、色んなトラブルもあったけど、それでもあの激動の日々に比べれば、マジで平和だった。
『――具合はどうだ?』
『問題ないよ。かなり楽だ』
俺は現在、深層にある治療カプセルの前に来ていた。
目の前には巨大な治療カプセルがある。エリベルとギジーが三日で完成させた一品だ。
中にはもう一人の俺が入れられ、様々な管が体のあちこちに通され、口には酸素マスクの様なものが取り付けられている。
傍から見る分にはかなり重症患者――いや、重症龍に見えるが、もう一人の俺はかなり楽そうだった。
『体の――いや、正確には魔力の回復と並行して、エリベルとギジーに魂と肉体の解析をしてもらってる。とはいえ、元に戻るにはまだまだかかりそうだな』
元に戻するには聖域踏破並みの魔術か技術が必要になる。
流石のエリベルやギジーでも難しいそうだ。
といっても、無理だと言わない辺り、本当に凄いよね。
特にギジーなんて、ダンジョンの修繕やデッサン型の生産と並行して作業してるんだから。
しかもそれでいてまだまだ成長の余地あるんだもんなぁ。頼りになるよホント。
『ダンジョンの方はどんな感じだ?』
『まだまだ時間がかかるよ。あれからまだ一週間だぞ? 一割も済んでねーよ』
『はは、まあそりゃそうか』
ダンジョンの修繕は主にアンの子蟻たちと、デッサン型ゴーレムが主戦力になって行われている。
凄まじい速度で修復されているが、それでも規模が規模だ。
完全に修繕されるには三ヶ月以上は掛かるだろう。
……レーナロイドの推測したギブルとの決戦までの時間は三ヶ月。
通常よりもかなりのハイペースで行われているとはいえ、それでもギリギリ間に合うかどうかってところだ。
だが修繕だけでは、以前のダンジョンと変わらない。
修繕と並行して、改良も進めなきゃいけないなんて無茶だよなぁ。
『……相棒、顔に出てるぞ? しっかりしてくれよ。お前が暗い顔してると、眷属達にも影響が出るんだからよ』
『あ、悪い。俺、そんな暗い顔してた?』
『してた、してた。相変わらず、分かり易いよホント』
うーむ、相変わらず自分に言われると変な気分である。
『というか、相棒は体の調子は大丈夫なのか? 俺ほどじゃなくても、お前も相当消耗してる筈だろ?』
『ん? 俺? ああ、もうすっかり元通りだよ。なんなら、前よりも調子いいくらいだ』
『……マジか?』
『マジマジ。エリベルも驚いてたよ。改めてアンタの化け物具合を思い知らされたわ―って言ってた』
『……俺が言うのもなんだが、本当に化け物だな。確かに魔力量も前の倍近くまで増えてやがる。……アジルとの戦いか、それとも星脈の影響か。ともかく普通の成長じゃ考えられない増え方だぞ?』
『えー、そうかな?』
だいたいいつもこんな感じだから、なんとなく増えたなーくらいにしか思ってなかったわ。
まあ、増えたら増えたで、余分な魔力はギジーに分けてるし、無駄にはなってないでしょ。多分。
『外との連携はどうなった? このダンジョンを魔物の国として立国するとか聞いてたが』
『ああ、それならベルクとルギオスが窓口になって上手くやってくれてるみたいだよ』
俺達との会合を終えた、シュヴァインとオリオンは、聖王国に帰国後、すぐに俺達のダンジョンを魔物の国として立国する事を承認した。
事前に話を通していた、ハザン帝国、魔術都市エンデュミオンもこれを承認。
正式な承認は、大陸会議でなければ行えないが、事実上のこれは事実上の立国と言っていい。
まあ、予想通りかなり市民や冒険者は混乱してるみたいだけど。
特に冒険者は俺達のダンジョンの常連だ。稼ぎ場所を失うかもしれないとあって必死だ。
とはいえ、その辺はすぐに鎮静化するだろう。
表層と中層の序盤くらいまでは今まで通りにする予定だからね。
配置しているモンスターも、ギジーが精製可能なデッサン型しか置いてないし、ドロップされる武器や宝箱も通常レベル。俺達としては特に影響はない。
『ああ、あと近々、魔術都市から使節団がくるらしいって』
『エンデュミオンか……。そっちに関しちゃ、俺も詳しくはねえな』
『勇者の記憶とかにないのか?』
『あくまで俺に与えられたのは、勇者時代の記憶と経験だからな。エンデュミオンはその後に出来た国だ。流石に、そこまでは分からねーよ』
魔術都市の連中も俺達のダンジョンは利用してるから、ギジーがある程度は情報収集してくれている。
魔術都市エンデュミオンはエルフ――正確には、亜人の国だ。エルフ、ドワーフ、獣人、巨人族、小人族とその種類は様々。その多種多様な人種が国の技術を支えているらしい。
『使節団には中央区区長――まあ、魔術都市の実質的なトップも参加するらしいってさ』
『そうか。なんにせよ、ダンジョンを強化できるんならありがたいな』
『だな』
なにせあと三ヶ月しかないのだ。
今は文字通り猫の手でも借りたい状態だ。そこに魔道具のプロたちが加わるなら、ダンジョンのトラップをはじめ様々なモノが強化できるだろう。
『まあ、人が来るのは面倒だけど、別に俺が対応するわけじゃないし』
『……相棒、そういうのはフラグだろ。そう考えて、結局自分で動く羽目になった事がどれだけあったか覚えてるだろ?』
『……言うなよ、そういうこと。不安になるだろ』
そしてこの時の不安は見事に的中することになる。
◇◆◇◆◇
――次の日のことだった。
『――緊急警報。緊急警報。ダンジョン内に侵入者あり! 繰り返します。ダンジョン内に侵入者あり!』
始りはギジーの緊急アナウンスであった。
珍しいな、ギジーがこんなに大きなアナウンスを鳴らすなんて……。
めっちゃ良い気分で寝てたのにたたき起こされてしまった。
まだ眠い。とはいえ、流石に二度寝をするわけにはいかない。
俺は目覚めきっていない重い体を引きずりながら監視室へと向かう。
『アース様、おはようございます』
「遅いわよ、駄龍」
俺は監視室に向かうと、そこにはすでにアンとエリベルが居た。
『ふぁぁ……おはよう、アン、エリベル。侵入者って言ってたけど、いったいどんな奴なんだ?』
「それはこれから確かめるわ。私達も今来たところなの」
エリベルが端末を操作する。
『しかしこの時期に侵入者ですか……? 我々のダンジョンを国家として認めない抵抗勢力でしょうか?』
「かもしれないわね。オリオンたちも色々手は打ってると思うけど、どうしたって反発する輩は出て来るでしょうし」
『……あの冒険者だった場合、決着は私が着けましょう』
アンの武器を握る手に力がこもる。
あの冒険者とは、間違いなくベルディーの事だろう。
「まだ決めつけるのは早計よ。場所は中層ダンジョンだし、単に腕試しの冒険者って可能性もなくはないわ」
『つっても、ギジーがこんだけアナウンスを鳴らしてるんだ。なにか理由があるだろう?』
「そうね……っと、映像出るわよ」
エリベルの声と共に、俺達の前に中層ダンジョンの映像が映し出される。
そこに映し出されていたのは――。
「はにゃぁ~……これがあの転移ダンジョンの中層。にゃんて……にゃんて素晴らしいんだにゃぁ~~~……んんっ」
全裸で壁に体をこすりつけて興奮する猫耳金髪美女の姿であった。
身に着けていたであろう衣服はきちんと畳んで傍に置いてある。
え、なにこれ?
本当になにこれ?
「……?」
『……???』
俺だけでなくエリベルやアンすらも完全にフリーズしている。
「いぇ~い、ギジーちゃん見てるかにゃぁ~? 今、
「区長止めて下さい! これ以上恥を晒すのは止めてえええ!」
そのすぐ傍で、たぶん全裸猫耳美女のお付であろう人が泣きながら止めろ止めろと懇願している。
もう一度言う。
……なにこれ?
これが俺達と魔術都市エンデュミオン区長ヘルミスとの最初にして最悪の出会いであった。
……主に変態という意味で。
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