第285話 物語終盤に出てくるキャラや町って大概強い


 という訳で、全てエリベルに丸投げした。

 いや、だって仕方ないじゃん。俺はただのんびり引き籠りたいだけの地龍だよ? 

国とか外交とか俺に出来るわけないし。


『……ホント、成長しねぇな、相棒は……』


 もう一人の俺から呆れたような念話が届く。


『正直、ここまで変わろうとしないとか、逆に変わり者に見えてくるわね』


『お、エリちゃん、上手い言い回しだね。座布団一枚』


『いらないわよ。とりあえず外交に関しちゃ、私よりもベルクの方が上手くやってくれるから任せるわ』


『え、ベルクが?』


 意外な人選である。


『あー、それならルギオスも付けようか? 彼も外交関係は上手だろうし』


 おや、こっちからも意外な人選が。

 ……いや、よく考えれば意外でもなんでもないな。


 ベルクもルギオスもこの二人の世話役をやってたんだ。いちおう二人ともボルヘリック王国の三大貴族の一角、その元当主だ。……エリベルは勘当されたとか言ってた気がするけど。


 エリベルもレーナロイドも貴族としてやらなければならないことは山のようにあったはず。それを全て丸投げして、やり遂げていたのが、きっとベルクとルギオスなのだ。


『まあ、上手くやってくれる奴がいるなら任せるよ。どうせ俺には無理だし』


『とはいえ、最終決定権を持つのは君なんだ。方針だけでもきちんと決めてくれないか? 君のダンジョンはこれから国として表舞台にも出る。それでいい?』


『ああ、それで構わないよ』


 それでダンジョンの被害が減るなら御の字だ。


『まあ、国と言っても、これまでと大きく何かが変わるわけじゃないし、そこまで気負う必要もないわね。というか、その辺はオリオン含め、聖王国の方で全部手を回すでしょ』


『……都合のいいように利用されたりしない?』


『ないわね。そんなことをして私達の機嫌を損ねればお終いだもの。今の聖王国は思った以上に逼迫した状況のようね。……ハルシャっていう絶対的な力が居なくなったのだから仕方ないっちゃ仕方ないけど』


『ハルシャは現役の神災級の魔物だったからねぇ。国防としてはこれ以上ない程の力だった。それがなくなったとなれば、君たちに庇護を求めるのも頷けるよ』


 エリベルとレーナロイドがそれぞれ意見を言う。

 ……確かに、アジルとの戦いでハルシャは死んだ。

 ハルシャの死は俺達が考えていた以上に、人間達への影響力が大きかったようだ。


『まあ、賢い選択だと思うよ。……これから先は人が介入できるような戦いじゃない。ただ巻き込まれて死ぬか、逃げ惑って死ぬくらいなら、魔物に下に降った方がずっと生存できる可能性がある。シュヴァイン卿らしい一手だ』


 でも、とレーナロイドは続ける。


『それで納得しない連中も居るだろうけどね』


 そういう台詞はフラグになるからやめてほしいんだけどなぁ……。

 そもそも俺達、まずギブルとダンジョンの代替わりの問題をどうにかしないといけないんだし。

 その前にそういう面倒な事で色々後手に回るのは避けたい。


『でも私達のメリットも結構大きいよ。ね、エリちゃん?』


『……まあ確かにね』


 レーナロイドの言葉に、渋々ながらもエリベルも頷く。


『?』


 頭に疑問符を浮かべる俺の思念を察したのか、エリベルが溜息をつきながらも説明してくれる。


『魔術都市エンデュミュオン。あの国が協力してくれるんなら、正直、かなり助かるわ』


 へぇ、あのエリベルがそこまで言うなんて珍しい。


『エンデュミオンってそこまで凄い国なのか?』


『戦力としてなら大したことはないわ。でも魔導技術で言えば、この大陸でも随一。資源となる魔石さえあれば、あの国に造れないモノはないって云われている』


『そこまで?なんでも創れるってひょっとしてゴーレム・ホムンクスルとかダンジョン破壊兵器とかも?』


『あくまで人間としてのレベルよ。言っちゃなんだけど、私達には及ばばいわ。だって私が居るんだもの』


 ふふんっ、とエリベルが胸を張る雰囲気が伝わってくる。


『でも――』


『でも?』


『あくまで私一人に出来ることは限りがある。ギジーに手伝って貰ってもね。要は人手が足りないのよ。エンデュミオンの腕利きの職人勢が加わってくれるなら、今のダンジョンの状況としては正直めちゃくちゃ助かるの』


『あー、それは確かに……』


 今、ダンジョンは人手不足だ。魔石に関しちゃ深層エリアでゴロゴロ採れるけど、中層ダンジョンのトラップやギミックはほぼゼロに近い。


 ギジーが頑張って修復してくれてるけど、それにしたって限度がある。


 それを補ってくれる人材がいるなら確かにコチラとしても助かる。

 するとレーナロイドが心底嫌そうな声を上げる。


『あー、でもアイツにだけは会いたくないなぁ。私、アイツ苦手なんだよー』


『アイツって?』


『エンデュミオンの代表ヘルミスだよ。私、アイツ苦手なんだよねー』


『むしろ人見知りのアンタが苦手じゃない奴なんていないでしょ?』


『目の前に居るじゃん。ねえ、エリちゃん』


『触るな気色悪い』


『いったぁ! エリちゃん、今本気で殴ったでしょ? 痛くないけど、私の心は深く傷ついたよ?』


 ……つーか思念通話で喧嘩しないでくれないかなぁ。頭の中がうるさい。


『しかしレーナロイド様、今のダンジョンの状況を鑑みるとヘルミス様に来ていただくのは我々にとってかなり理があると思いますが?』


 そう言うのは、彼女の騎士ルギオスである。

 ていうか、お前、居たんなら止めてよ。

 ずっと黙ってたから普通に居ないと思ってたじゃん。


『えぇー、なんでさ?』


『ヘルミス様は魔道具開発及び改良の天才です。魔術であれば、エリベル様やレーナロイド様には及ぶべくもありませんが、こと魔道具に関して彼女の右に出る者はいないかと』


『へぇー、そんな凄い人なんだ』


『私も知らなかったわ』


 俺の言葉にエリベルも頷く。


『ヘルミス様は中々表舞台に出ませんから。それに勇者の仲間の子孫と言っても、レーナロイド様とはほぼ何の関係もありませんし、なんなら魔王軍とも血筋以外一切関係ありません。なにかと理由を付けて、立場のある方とお会いになりたくないだけです』


 ああ、そういうことか。納得。

 ルギオスに理詰めで説明されて、レーナロイドの気まずそうな雰囲気が伝わってくる。


『それにエンデュミオンは現在、深刻な魔石不足に陥っています。おそらくそういった面もあり、今回の提案に賛同したのでしょう』


 ウチのダンジョンは魔石なら深層でいくらでも採れるから不足した事なんて全然ないな。

 外ではそんなに魔石不足なんだ。なんでだろう?


『ボルヘリック王国のせいね。かつては魔石の一大産出国だったけど、いまじゃ崩壊寸前だし』


『ええ。なので近いうちに向こうから接触してくるでしょう。その準備だけはしておいたほうがよろしいかと』


『えぇーまた誰か来るのか……。面倒だなぁ』


『えぇー、アイツに会うのー? 面倒だなぁ』


 俺とレーナロイドの思念が無駄に重なった。


「「……」」


 エリベルとルギオスの呆れた雰囲気が伝わってきた。……ごめんね。

 この時の俺は、そんな風に軽く考えていた。

 しかしその女性――ヘルミスの来訪によって俺達のダンジョンはとんでもない事になることになるとは思ってもいなかった。



◇◆◇◆◇



 一方その頃、魔術都市エンデュミオンにて――。


「ヘルミス区長。先ほど、聖王国のシュヴァイン卿から連絡が来ました。例のダンジョンの件は上手くいったと」


 その知らせに、彼女は作業をしていた手を止め、ぱぁっと笑みを浮かべた。

 腰まで届くほどの長いさらさらとした金髪。エルフのような縦長の耳に、猫のような瞳と、同じく猫のような尻尾を持つ女性だ。


 名をヘルミス・ウル・エンデュミオン。


 猫の獣人とエルフの混血ハーフであり、魔術都市エンデュミオン中央区の区長。

 かつての勇者の仲間、銀の魔術師の末裔であり、魔術都市の実質的な支配者だ。


「え、本当? やったー! にゃははは! これでようやく大手を振ってあのダンジョンにいけるにゃぁ~♪」


「いや、仕事がありますから、行けるのはまだ先ですよ。先の魔王軍の被害もまだ残ってますし」


「えぇ~……面倒だにゃぁ……」


 魔術都市エンデュミオンは先の魔王軍の侵攻によって甚大な被害を受けている。

 本来であれば、魔術都市には魔王軍を撃退するだけの武力はあった。しかし、それはほぼ魔道具――そのエネルギー源である魔石に依存している。


 魔石の最大の輸入先であったボルヘリック王国から魔石の輸入が激減したため、魔術都市エンデュミオンの国力は激しく衰退していた。


 そこに魔石がいくらでも湧き出るダンジョンがあると聞けば乗らないわけがない。

エンデュミオンにとって、シュヴァイン卿の申し出はまさに渡りに船だったのである。


「にゃははは、楽しみだにゃぁ~」


 尤も、それは表向きの理由であって、彼女――ヘルミスにとってはどうでもいいことであり、彼女の関心はもっぱら別の所にあった。


「ああ、ホント、あのダンジョンは素晴らしいにゃぁ。あの数々の悪辣なトラップに、転移装置。洗練されたフォルムのゴーレム。きっととてつもない迷宮核が運用されているに違いないにゃぁ」


 ヘルミスは魔道具が好きだ。

 魔術によって創られたダンジョンやその核である迷宮核も好きだった。

 そんな彼女にとって、アースのダンジョンは素晴らしいの一言である。


 しかし同時に、惜しいとも思っていた。


 ヘルミスの目から見れば、あのダンジョンはまだまだ改良の余地がある。

 研究し、隅から隅まで改良し、至高の作品ダンジョンに仕上げたい。

 そんな思いがずっと彼女の中でくすぶっていた。


 とある情報によれば、あのダンジョンの迷宮核は名をギジーといい、人工的な知能すら持っているらしい。とあるアオザイ風の衣装を着たSランク冒険者から数々の高級料理と引き換えに得た情報だ。

 ちなみにその冒険者は、その後、何故か弟にこっぴどく叱られていたらしい。


「にゃふふふふ……待っててね迷宮核ギジーちゃん。アタチが君を隅から隅まで調べ上げて、そのスペックを何倍……いや、何百倍にも改造パワーアップしてあげるから」


 その瞬間に思いをはせ、ヘルミスは涎を垂らす。

 新たな変態の魔の手が、アースのダンジョン――いや、ギジーに迫ろうとしていた……。


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