第4話 理科室のお嬢様
九条さんに俺の手料理を振る舞った日から、土日を挟んで月曜日。いつも通りに俺は学校に登校。教室を開けると、見慣れた光景が広がっていた。
「九条さん!良かったら今日のお昼、俺らと一緒に食べない?」
「いえ、せっかくですけど、お断りさせてもらいますわ。」
「そっかぁ…また気が向いたら声かけてね〜!」
「はい。ご都合が合いましたら、ぜひ。」
どうやら男子生徒の1人が九条さんとランチを一緒しようとしたが玉砕された場面らしい。もはや日常茶飯事となっている。
しかし、昨日とはやはり随分と雰囲気が違うな。完全に「お嬢様」だ。その気品溢れる立ち居振る舞い。少し鬱陶しく思って髪を耳にかける動作。彼女のとる行動全てが彼女の品格を示していた。
(でも、ただ惣菜パン買って食べてるの見られたくないだけなんだろうなぁ…)
しかし俺は知っている。彼女の本当の姿はあんなのじゃない。もっと自堕落で、むしろ誰よりも庶民派なんじゃないかと思う。
そんなことを思案しながら席に着く。
(まぁ、俺の日常が変わることはないだろうな。)
ただ彼女の別の一面を知っただけだ。たったそれだけ。俺の普通でつまらない日々には何ら影響はないと思った。
お昼休み。
俺はお弁当を持って廊下を彷徨(うろつ)いていた。
いつも俺はお昼ご飯を食べる場所を気分で決めている。時には教室で健とかと食べたり、時には外のベンチで座って1人で静かに食べたり。
お昼ご飯をどこで食べるか場所を探すこの作業も、一つの楽しみとなっていた。
俺は理科室前に来た。ふむ。たまにはこう言う特別教室で食べてみようと思い、理科室のドアを開ける。
「ふぇ…?」
「は?」
扉を開けると、そこには品性のかけらもなく、ただ口の隙間がなくなるように焼きそばパンを頬張っている九条さんがいた。
「え、え…なんで秋山くんが…!」
「とりあえず、落ち着いて…!」
九条さんは俺がいきなり登場したことに驚き、少しパニックになってしまう。そんな九条さんをしばらく俺は宥めたのだった。
「とりあえず、落ち着いたか?」
「え、えぇ。何とか…」
「まぁ、見つけたのが俺で良かったな。他人にはあんまり知られたくないんだろ?あの姿は。」
「そ、そうですわね。不幸中の幸いと言ったところでしょうかしら…」
何だろう、何か違和感。
あー、なるほど。そう言うことか。
「なぁ、俺には別にその言葉遣いじゃなくていいぞ?」
「え?ですが…」
「なんか今の九条さん、息苦しそうだし、俺もフランクな方が話しやすいからさ。」
「…分かった。そうするわ。」
違和感は彼女の外面だった。うんうん。しっくり来た。
「それで、九条さんはお昼、いつもここで食べてるの?」
「えぇ。基本的にここね。一年の時に学校中を探索して見つけた人が来ない穴場スポットよ!」
「へ、へぇ…」
ああは言ったけれど、あまりのお嬢様らしからぬぼっち飯宣言に思わずたじろいてしまう。
しかも一年間。ご愁傷様だ。
「ちょっと、何その反応?傷つくんですけど。」
「悪い悪い。それで、お昼はそれだけなのか?」
「ええ。ちょっとでも節約しないといけないし、削れるところを削った結果よ。」
「なるほど…」
彼女が言うにはこの焼きそばパン一つが今日のランチらしい。あまりにも炭水化物に満ち満ちた食事だった。
思わず、こんな提案をしてしまう。
「俺のお弁当のおかず、良かったら少しどうだ?」
「え?いや、昨日の今日で、流石にそこまで迷惑はかけられないわよ!」
「いや、食べてくれ。むしろ食べろ。そのままじゃ、いつか本当に死んじゃうぞ。」
「し…!?いやいや、まさか…?」
「糖尿病くらい聞いたことあるんじゃないか?今のお前は糖尿病に首根っこ掴まれてるようなもんだぞ。」
だんだんと九条さんの顔が青ざめていく。ちょっと大袈裟に言いすぎたか?いや、食事に意識を割けない人にはこれくらいキツく言ったほうがちょうどいいか。
「とにかく、食事はバランスよく。基本中の基本だ。分かったら遠慮しないで俺のおかずを食べてくれ。」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」
半ば強引に同意させ、俺は弁当箱を包んでいた風呂敷を剥がす。そして、蓋を開けて玉手箱を開けた。
「わぁ…!すっごく可愛い!」
「可愛い?そうか?」
「ええ!可愛いわよ!このコンパクトで且つ彩り豊かなこのお弁当!もはや芸術だわ!」
「女の感覚はよくわかんないな…」
確かに色には気を遣っていたが、可愛いかと言われるとそんなことはないと思う。それに、ただ昨日の夕飯の残り物を詰めただけのお弁当だ。そこまで芸術性もない。
けれど、褒められて悪い気はしなかった。
「じゃあ、好きなのどうぞ。」
「ねぇ、こんな立派な物を、お返しもなくもらっちゃってホントにいいの…?」
「いいんだよ。俺の我儘でもあるんだから。」
「…そこまで言うならもうこれ以上何も言わないわ。じゃあ!いただきます!」
「おう。召し上がれ。」
九条さんはどれから食べようかしばらく悩んだ挙句、卵焼きを一つ取り、口に頬張った。
しばらく咀嚼した後、嬉しそうな声が聞こえてくる。
「ん〜!美味しい!しかも私の好きなしょっぱい卵焼き!」
「お、意外だな。てっきり甘い方が好みかと。」
「甘い方も嫌いじゃないんだけど、このしょっぱさが旨みを感じていいんだよねぇ〜」
あまりにも庶民代表のような食レポで、思わず吹き出しそうになる。
「…何笑ってるのよ。」
「ふふっ、いや、詳しいなって。」
「何!?私が卵焼きみたいな庶民の料理の味に詳しくて気持ち悪いって!?」
「そこまで言ってねぇよ!」
拡大解釈も甚だしい。
「…まぁいいわ。このお弁当に免じて許してあげる。」
「寛大な対応。さすが、『お嬢様』だな。」
「…次煽ったらブッ飛ばすからね?」
「…はい。」
調子に乗りすぎた。反省だ。
それにしても、九条さんとここまで会話が弾むとは。一昨日の俺がこの光景を見てもきっと目を疑うだろう。もう彼女に対するバイアスは無くなっていた。
「ホントに美味しいわ。毎日でも食べてたいくらい!」
「そうか?なら毎日作ってやろうか?」
「ええ、ぜひ!…え?」
九条さんが驚いた顔をする。
「いやいや!そこまでお世話になるわけにはいかないし、第一、私にお弁当を渡せる場所がないじゃない!」
「いや、まぁ、うちらお隣同士だし、俺が朝直接家まで行って渡せばいいだろ。それに、お弁当って実は1人増えたとこでそこまで苦労は変わんないし、大丈夫だぞ?」
「そ、それはそうだけど…でも…それじゃまるで…こ、こい…」
彼女は赤面して俯いてしまう。どうしたのだろうか?それに、最後の方はよく聞こえなかった。
けれど、様子から察するに、彼女はまだ戸惑っている様子。別に俺は困らないから素直に頼んでもらっていいのに。
「九条さん、難しく考えすぎだって。俺には負担がほとんどないんだ。後は、九条さんが食べたいかどうか。それだけだ。」
「私が食べたいかどうか…」
赤らめた顔のまま、少し思案する素振りを見せる九条さん。そして、何かを決心して、俺の方に体を向ける。無意識に俺も向かい合うように体を九条さんの方へと動かした。
「それじゃあ、明日から、お弁当、作ってください!」
「おう、任してくれ。」
「…!ホントに、本当にありがとう!」
九条さんの目が若干滲む。感動しているのだろうか。
実のところ、俺は感謝を向けられて少し後ろめたさを感じていた。
これは俺のエゴだ。彼女の食生活には問題がありすぎる。それを正してやりたくなったんだ。きっとこのままだと、倒れてしまうだろうから。
だから本当に、感謝されるようなことではない。
でも、ちょっとだけ、心に温かさを感じた。
暫くして。
「ご馳走様!すごく美味しかったわ!ありがとう!」
「おう。お粗末さ…ん?」
九条さんが食べ終わったお弁当を俺に丁寧に返してくれた。
俺は空になった弁当箱を見つめる。あれ?
「九条さん、俺の昼飯はいずこへ…?」
「へ…?」
「これ俺の昼飯も兼ねてたんですけど…?」
「あ。」
やってくれたなこのポンコツお嬢様。
こうして俺の昼飯は、九条さんの糧となってしまった。
いや、まだだ!まだ諦める時じゃない!まだ購買が開いてる!栄養には偏りが出てくるだろうが、夕食で賄おう!
高速で現状の最適解を出す俺の脳。しかしそれも、予鈴が鳴り響いたことで徒労に終わるのだった。
「えっと…ごめんね?」
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