第3話 オムライスとコンソメスープ

 俺はキッチンに立ち、軽く頭の中でレシピをおさらいする。よし、覚えてる。

 

 「さて、美味い飯を食わせてやるか。」


 まずはチキンライス風のご飯をつくる。玉ねぎの皮を剥いて半分に切り、片方を微塵切りにする。もう片方は残しておく。

 フライパンに油を敷いて火にかける。そのままタッパに入った冷や飯を取り出す。

 いい感じにフライパンに熱が通った。俺は微塵切りにした玉ねぎと冷や飯をフライパンに投入。そのまま粉々の玉ねぎと白米一粒一粒が馴染むように混ぜながら火を通していく。

 適度に混ざったら、塩コショウで味を整え、冷蔵庫からケチャップを取り出して、フライパンに投入。欲を言えば計量スプーンを使いたかったが、九条さん曰く、


 「そんなものはないわよ。料理はあんまりしないから、ボウルとか菜箸とか、なんか調理のためだけに必要なものはほとんど置いてない。」

 

 とのこと。仕方なく、本当に不本意だが、目分量でケチャップを投入した。

 俺から言わせて貰えば、料理は科学の集大成。分量を計るなんて基礎中の基礎だ。それができないのはなかなかむず痒い。

 しかし、先ほどはああいったものの、なかなかいい感じに仕上がった。一度茶碗にチキンライス(チキンなし)をうつし、その後大皿に向けて茶碗をひっくり返す。綺麗な半球型のチキンライス(以下略)が出来上がった。

 次は1番大事な卵だ。ボウル代わりの茶碗を使って卵を溶く。もう一度油を敷いて温めておいたフライパンに溶いた卵を流し込んだ。

 スクランブルエッグにならないように気をつけながらかき混ぜる。いい感じに外側が固まってきたら、箸(菜箸もなかったので代用)を使い縁の部分をフライパンから剥がしつつ、取っ手の部分と左手でうまくつかい、卵の塊を奥に追いやる。

 次が正念場。卵をひっくり返す行程。


 「ほっ…と。」


 成功だ。綺麗な黄金肌をしたオムレツが姿を見せた。1ヶ月ぶりくらいだったから少し不安だったけど、どうやら腕は落ちてないらしい。

 俺はオムレツを先ほどのチキンライスに乗せて九条さんの元へ運んで行った。


 「はい、お待ちどうさまっと。」

 「なんだか不恰好じゃない?食べづらそう。」

 「知らないのか?こうやって真ん中を割ると…」


 俺はナイフ(何故かこういう一人暮らしだとあまり使わなさそうな食器はある)でその黄色い玉手箱を一刀両断する。

 中から煙の代わりに、とろとろの卵が滴り落ち、あっという間にチキンライスを覆い隠してしまった。


 「わぁ…!すごいすごい!」

 「それじゃあ、上からケチャップをかけて…」

 「ありがとう!いただきます!」


 俺がケチャップを上から適当にかけるや否や、すぐに九条さんはオムライスにがっつき始める。いや、勢いよく上品に食らいついた、といったほうがより適切な表現か。彼女の令嬢としての教養が如実に現れていた。


 「んー!おいしー!」

 

 彼女は目の前のとろとろオムライスに舌鼓を打つ。その姿を見て微笑みながらキッチンに戻る。余ったにんじんと玉ねぎで何かできないか考え、俺はコンソメスープを作ることにした。(何故か調味料だけは一式揃っててるのだ。)

 玉ねぎを今度は繊維に沿って弧状に切る。にんじんはイチョウ切りにしておく。切った野菜を鍋に入れ、水とコンソメの素を加えて煮込み始める。

 スープをかき混ぜていると、九条さんが食べながら話しかけてきた。


 「はひつふっへふほ?」

 「食べてからしゃべってもらってもいいか…?」


 ホントにお嬢様なのかこいつ。


 「ごくん…何作ってるの?」

 「コンソメスープ。余らせるのもなんか釈然としなくてな。」

 「へぇー!このオムライスといい、秋山くんて料理上手なのね!将来はコックさんとかになるの?」

 「…いや、普通に進学するけど。」


 胸がちくりと傷む。思い出そうとする脳を必死に抑える。この夢は捨てたはずだ。


 「そうなんだ?てっきり専門学校かなんかに行くもんだと思ってたよ。」

 「まぁ、九条さんが言うほど料理も上手くないからね。」

 「そんなことない!」


 九条さんの力強い否定に思わずビクッとする。

 自分の意見を真っ向から否定されたのは久しぶりだった。

 スープをかき回す手を止めて、九条さんの方を見た。

 そして俺は、振り返った先の光景がつい微笑ましくて、笑ってしまう。


 「な、なによ。何かおかしなこと言った?」

 「ふふっ…いや、口元にお弁当がついてるなぁって。」

 「へ?…!!」


 九条さんが口元を手で拭うと、ケチャップが手の甲につく。俺の比喩に気づいた九条さんの顔は、だんだんと赤くなっていき、急いでティッシュで口元と手を拭いていた。


 「もう!そんなに笑わなくてもいいのに!」

 「ははっ、ごめんごめん。それより、スープもできたから食べてよ。」

 「やった!」


 出来上がったコンソメスープが入ったお椀を九条さんに渡す。しかしお椀にコンソメスープか。ますます和洋折衷な感じだな。

 俺はもう一度部屋を見渡した。案外、あのコンソメスープはこのぬいぐるみだらけの畳部屋には1番お似合いの料理かもしれない。

 ふと、九条さんの方を見る。俺は、仰天する。

 俺が目線を向けると、そこにはポロポロと涙をこぼしながら、平然とした顔で料理を食べる九条さんの姿があった。

 

 「ちょ、ちょっと九条さん…?」

 「…?秋山くんどうかしたの?」

 「泣いてるけど…?」

 「え、誰が…?」

 「いや、九条さんが…」

 「え…?」


 九条さんは今やっと自分が目から雫を垂らしていることに気がついたらしい。彼女は手で涙を拭った後、しばらくその手の甲を見つめ続けた。すると突然、何故かコンソメスープの入ったお椀を軽く持ち上げて微笑んだ。


 「これ、美味しいわ。」

 「それはありがたいけど…大丈夫?」

 「えぇ。大丈夫。本当に、美味しい。」


 俺はこれ以上何もいえなかった。気が利いた言葉が見つからなかったのもあるが、九条さんの雰囲気に感化されてしまったのだ。

 この夕飯に心から感謝している気がした。

 俺はそんな九条さんの儚げな姿を見ていると、なんだか顔を直視できなくなって、逃げるように調理器具の洗い物をし始めた。


 しばらくして。


 「ありがとう秋山くん。美味しかった。」

 「それは良かった。」


 九条さんも夕飯を食べ終えたので、俺はそろそろお暇することにした。

 俺は玄関で靴を履いて、見送りをしてくれる九条さんの方を見る。さっきの涙のせいで、若干目が腫れている。

 

 「それにしても、こんな偶然ってあるんだな。よく一年も気づかなかったもんだよ。」

 「…?なんの話?」

 「え?あー、まだ言ってなかったっけ。」


 特に意味はないが、少し溜めを作って大袈裟に言ってみた。


 「俺の家、ここの隣。九条さんは俺の隣人さんってことね。」

 「…へ?」


 そういえば今日の英語でこんな単語が出てきたっけ。

 “It a small world”

 「世間は狭い」か、よく言えているな、と身をもって実感した。

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