第2話 お嬢様のヒミツ
待たされること数分。
「お待たせ!ごめんなさい、長い間待たせちゃって。」
「いや全然気にしてないから大丈夫。」
もちろん嘘だ。5月になったとはいえ、午後9時の夜は少し肌寒さを感じた。
それにしても、本当になぜアルバイトなんてしているのだろうか。小遣い稼ぎか?あんなにお金を持ってるのに、まだ欲しがるのか。
…ダメダメ。また悪い癖だ。兎にも角にも、いったん理由を聞かないことには始まらない。
「それで、なんでアルバイトなんてしてるんだ?」
「あー…やっぱり気になるよねぇ…。」
やっぱり、どこか話し方の雰囲気が違う。
学校での上品さを感じない。こっちが素なのか?
なんだか、庶民ぽいと言うかなんと言うか…。まぁ話しやすいからいいか。
「あんまり話したくないんだけどなぁ…。」
「まぁ、話したくないなら別にいいけど。そこまで気になるわけじゃないし。」
「じゃあ、何も見なかったってことにしてくれないかな?」
「わかった。こっちに損はないし。」
と言うわけで、秘密の取引はこちら側の妥協で幕を閉じた。
九条さんのフランクな姿には驚かされたけど、もともと接点もなかったし、学校でも話しかけてはこないだろう。
これで明日からいつも通りの毎日が始まるんだ。
「あ、送ってくれてありがとう。私こっちだから。」
「いや、俺もこっちだし、最後まで送るよ。」
「あ、うーん…。そ、そうだね。じゃ、じゃあお言葉に甘えちゃおっかな〜…?」
なんだか返事がしどろもどろな気がする。何故に?
「俺じゃボディガードは務まらないと。」
「いや!そう言うわけじゃないんだけど〜…。」
じゃあ一体どう言うことなんだ?俺が首を傾げていると、九条さんは何故か降参のポーズを取る。
「はぁー。しょうがないか。じゃあボディガードお願いね。」
「おう。一応男だからな。」
そう返すと、九条さんは少し頬を赤らめて俺から目線を逸らした。照れてるのか?割と初心なんだな。
その後、特に会話もなく、2人並んで帰路についた。絶妙な気まずさが俺たちの間に流れた。
しかし、この辺にお屋敷みたいな場所なんてあったか?ここら辺の区画は基本的にただの住宅街のはずなんだけど…。
「ついたわよ。」
「おう…え?」
俺は目の前の光景に愕然とした。
眼前にはトタンの屋根が目立つ、お世辞にも綺麗とは言い難いアパートが建っていた。
そして彼女は黙々と一階の角部屋へと近づき、バックから鍵らしきものを取り出す。ドアノブに突き刺し、鍵を開けた。そして玄関のドアが開く。
最初は何かの冗談だと思っていたが、その光景を目の当たりにしてやっと、俺の脳は理解した。ここが彼女の自宅なのだと。
「とりあえず、あがって。」
「あ、ハイ。」
中は広いとはいえないが、整っており、清潔感を感じた。
部屋の床は畳が敷き詰められており、畳の上に置くには不釣り合いな、ファンシーな猫やウサギのぬいぐるみなんかも飾り付けられてた。
まさに和洋折衷とはこのことか。と思いつつ、俺はあることに気づいて顔を部屋から逸らした。
「どうしたの秋山くん?」
「…こっち向いてるんで早く取り込んでください。洗濯物。」
「へ…?あ!」
彼女も気づいたようだ。
部屋には部屋干ししてある洗濯物があった。もちろん、俺はなるべく見ないようにはしたのだが…
「…見たんでしょ!」
「知りませんよ、青色の下着なんて。」
「ガッツリ見てるじゃない!ヘンタイ!」
「なっ…!九条さんが見せたようなもんじゃないですか!」
しばらく俺たちは口論を続けたが、早めに不毛だと気づき、お互い至らない点があったとしてお開きにする。
「とりあえず、座って待ってて。お茶出すから。」
と言われ、大人しく座って待つことにした。数分後、緑茶が出てきた。紅茶だと思ってたからちょっとだけびっくりした。
「と言うわけで、何から話せばいいのやら。」
「えっと、今更だけど、確認のために一応。ここが九条さんの家ってこと…?」
「うん。合ってる。ここが私の自宅。どう?びっくりしたでしょ。」
「いやまぁ、そうだけど…。」
正直、驚きより何故こんなところに住んでいるのかの方が気になる。
九条グループの勢いは衰えていないはずだ。それに親目線から見ても、後継として大事な一人娘を、こんなオンボロアパートに住まわせる必要性も感じない。
「…どうしてこんなところに住んでいるのか気になる、と言ったところかな?」
「…えぇ、まぁ。」
「よくある話だよ。庶民の生活を理解するためにこのアパートで生活させられてるの。お父様曰く、顧客側の意見がわからなければいい商品なんて思いつかない、とのことで。」
「はぁ、なるほど…?」
だからってここまでするか?普通。少し異常に感じる。
まぁ、そもそも人間として格が違うのだろう。きっと庶民の俺には理解できない思慮深さのもと、一人娘にこんなことをさせているに違いない。
そう思い込むことで無理やり納得した。
「じゃあバイトはお小遣い稼ぎってこと?」
「まさか。お父様はこのアパートを借りてきただけ。家賃も光熱費も水道代も、ぜーんぶ私が払わないといけないの。」
「それは…不憫というか、なんと言うか。」
「本当よ。まぁ、もう1年経つし、だいぶ慣れたけどね。」
まさか高校入学してからずっとこの生活なのか。よく学校でボロを出さなかったものだ。
しかし、それなら一層、学校に掛け合ってアルバイトを合法にしてもらった方が都合がよさそうだが…。
「学校からアルバイトの許可はもらってたりするのか?」
「そんなわけないじゃない。そんなことしたら、『九条家のお嬢様がオンボロアパートで一人暮らししてる』って世間に知られちゃうでしょ。これはあくまで秘密裏の特訓なの。」
なるほど。下手にアルバイト許可の申請をして、学校側に弱みを握らせないという策略か。やはり大手企業。盤外戦術もお手の物といったところか。
「まぁとりあえず事情はわかったよ。悪いな?なんかこんなことになっちゃって。」
「ホントだよ!なるべく学校から離れてるコンビニ選んだのに!なんで秋山くん、あんなとこにいたわけ?」
「予備校だよ。あそこのコンビニのすぐ近くの予備校に通っててさ。」
今日みたいに買い忘れをしない限り、いつもだったらあそこのコンビニは使わないのだが…。まぁこれを言うのは蛇足かな。
「あー、じゃあしょうがないかぁ…。それにしても私、ついてないなぁ。」
「あはは…なんかほんとにすまん…。」
「いや、謝んなくていいよ。」
お互い、気まずい雰囲気が流れる。沈黙がその空気をさらに強める中、ある音が静かなこの空間を切り裂いた。
グゥ〜〜。
「…九条さん、腹減ってます?」
「うっ…実はお昼から何も食べてなくて…お昼も購買のパン一個だし…。」
なかなかハードな一日をお過ごしのようで。
「じゃあ、何か俺が何か作ってあげましょうか?」
「え?秋山くんって料理できるの?」
「まぁ一応それなりには。」
「本当!じゃあお願いしてもいい!?」
と言うわけで、俺はキッチンに立っている。元々お茶のお礼は何かしようと思っていたし、彼女のプライベートに首を突っ込んだお詫びも兼ねて、この提案をした。
冷蔵庫の中身は自由に使っていいとのことで、俺は中身を確認する。玉ねぎ、にんじん、卵、タッパに入った冷やご飯…その他諸々の調味料。冷蔵庫にはこれだけしか入ってなかった。
愕然とする。
「九条さん、いつも何食ってるんです…?」
「えーと、いつもはカップラーメンとかカップ焼きそばとか。たまにバイトの廃棄としてお弁当をもらえるから、そう言う時はそれ食べてる!」
清々しい笑顔だ。なんだか向こうの食生活のほうが正しく見えてくる。俺から見れば、いや、世間一般から見ても健康を台無しにするような食生活のはずなのに。いや逆になんで玉ねぎとにんじんと卵だけあるんだマジで。
ここで、俺の中の世話焼きのプライドに火がついた。この自堕落お嬢様に、バランスのいい食事を摂らせてやろうと決心する。
そう意気込んで、俺は調理に取り掛かった。
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