第6話:『サバイバル』

 登録してから、遂に一週間が経過した。

 やれることは取り敢えず全てやった、エレナとともに徹底的に鍛え上げたのだ。


 体を鍛え、技術を鍛えた……まぁ、付け焼き刃ではあるが。

 ないよりはマシだろう、確実に。



「……緊張してきた」



 コロシアムの会場、その参加専用入り口。

 そこでは入り口前で大量の奴隷が待機していた。


 全員それなりに上等な服を着ている、俺もエレナもだ。

 エレナ曰く、一応催し扱いだから、奴隷である俺たちもこのような服が着れるらしい。

 こんなすぐ破れそうなので着せるぐらいなら、いつも着せてくれればいいのに。



「私たちが登録した時よりも人がいるわね。この人数で普通にやるなら一ヶ月はかかるわよ」

「ちょっと多すぎだよね」

「そもそも奴隷の数が何人のいるのか……」



 そのくらい人は多い。

 百なんて数じゃ収まらないのは確実だ。


 しかし……ちょっと気になることが。



「エレナは緊張しないの?」

「ん? 私? ……まぁ、この手の行事はある程度慣れているわ。だからそこまでね」



 そんな慣れるような行事なのだろうか。

 実際に殺しあうと言うのに。


 ……人を殺す、か。

 コロシアムって言うのは大概殺し合いだ。

 死人が出ることもあるし、出ないこともある。


 俺の前世は平和な地球のただの日本人。

 それこそ殺し合いとは程遠い世界にいた。

 だからこれは多分、緊張なんて言葉じゃ収まらない。

 きっと、それ以上のものだ。


 ……とは言っても。

 もう一つ。

 高揚感、と言うものも存在しているのだが。


 現状から解放されるかもしれない、と言う高揚感が。



「……複雑だなぁ」



 そんなことを呟いて、軽く伸びをすると大きな音ともに入り口が開き始める。

 奴隷たちの視線は一斉にそっちの方へ。


 そして開くと同時に外からの歓声が響いていた。

 割れんばかりの歓声、どうやら奴隷杯は一大イベントらしい。



『さぁ遂に始まりました! 第24回!! 奴隷杯!!!』



 歓声に混じり響く、女の人の実況の声。

 それに合わせて奴隷たちは一斉に外へ向かって歩き出す。


 外に出た瞬間、差し込んできた日の光。

 ずっと中にいたから、久しぶりの光に目が眩む。


 日の光に慣れ始めた頃に、歓声の方へと視線を向けると席を埋め尽くすほどの人の数。

 ただ……結構上等な服を着ている人がほとんどで、ザ・平民って感じの人があまりいない。

 なんなら騎士だったり、顔を隠してたり、なんらかの組織に属していそうな人すらいる。


 ……つまりまぁ、なんだろうな、奴隷杯って。


 それは俺が望んだことだ。

 だからこれを最大限利用するしかないだろう。



『絶好の剣闘日和ですねぇ、今日は! お天道様にも恵まれて! ……まぁ、前座は毎回似たようなことしか喋ってませんし、早速本題に入りましょう!!』



 実況の言葉に、だいぶ適当だなぁ、と思いつつも、あまりの日差しの強さに感謝の念が湧く。

 エレナのことを見てみると少し項垂れていた。

 俺もこの暑さには舌が出る。



『奴隷の皆さんには何も聞かされていないと思うので、とっととルール説明に移りたいと思います! 周りをご覧ください!』



 とのことなので。

 周りに視線を移してみるが、あるのは奴隷たちだけ。

 些か人数の多い、奴隷だけだ。



『人数、多いと思いません? この人数で一対一のトーナメントなんてやってたら、あっという間に日にちが経つと思いませんか!?』



 エレナも言っていたな、一ヶ月はかかるって。

 一体どうするつもりなんだろうか。



『と、言うわけで! 上限人数までの勝ち残りでサバイバルしてもらいまーす! ま、上限は秘密ですけど!』



 何言ってるんだ、と思ったのもつかの間のこと。

 突然、床を踏んでいる、と言う感覚がなくなった。


 視線を床に向けた瞬間、何が起きたか判明する。

 至極単純、のだ。



「な、な、なっ……!?」

「これは……!?」



 あっという間に速度を上げて落下して行く体。

 俺はそんな中、エレナに向けて必死に手を伸ばした。


 その手をエレナが掴もうとするが、突然横から吹いてきた突風に煽られ離れ離れになる。

 それどころか奴隷たちはごちゃ混ぜになって、それぞれが何も見えない地下で飛ばされて行く。


 一瞬、視界が暗転した……かと思った次の瞬間には、俺の目はレンガの壁を捉えていた。

 そして飛んでいたはずの体は地に足をつけ立っている。

 不思議な体に困惑しながらも、俺はキョロキョロと辺りを見渡した。



「こ、ここは……どこだ?」



 視界を周囲に向けるとそこは……なんというか……ジャングル、と言ったほうがいいだろうか。

 煉瓦造りの壁が見えつつも、草木によって埋め尽くされ、ちょっと湿っぽくて暑い。


 ただ歪なのは、上が真っ暗なのに視界は良好。

 光源がないのにしっかりと見えるという点だ。



『奴隷の皆さん、ランダム配置されてますかー? そして聞こえてますかー!? 多分聞こえてると思うんで、簡単にルール説明しちゃいますね!』



 どこからともなく聞こえた声に、キョロキョロと見渡してみると、壁の隅っこ部分に前世で見たスピーカーのようなものがある。


 機械……なんだろうか。

 この世界の技術レベルがイマイチ理解できていないから、よくわからない。

 魔術が存在するってことぐらいしか知らないし。



『ルールは簡単! このコロシアムの下、『地下迷宮』で上限数になるまで戦ってもらいます! 殺し合い上等! 戦闘不能になった時点で転移されて、地上に戻されます!』



 転移……魔術、ってやつの技術だろうか。

 ワープさせるんだろうな、ってことはなんとなしにわかる。



『誰かと共闘するもよし、裏切るのもよし、ありとあらゆる方法を使って勝ってくださいね!』



 とにかく勝てばいいのか、勝てば。

 ことは単純だが……俺はそもそも剣での戦い方でしか知らない。それも付け焼き刃だが。



「武器はどうすればいいんだ……?」

『おおっと! 可愛らしい猫ちゃんから素敵な質問が!』



 猫ちゃん……って俺か。


 そうか、向こうから何かしらの方法で見えてるのか。

 そりゃそうそうだよな、観戦できなきゃ意味がないよな。



『武器はランダムで配置されてまーす! それだけでーす!』



 かなり適当だな。

 しかし武器はランダム配置となると……探索を優先すべきか。


 敵と出会わないように、できるだけ慎重に。



『……あ。言い忘れてましたけど、上限数に達したら、即座に終了になりますが、制限時間あるんで! 誰かを倒すごとに1ポイント、制限時間が達した時にポイントで決めますんで!』



 それってつまり、できるだけ戦ったほうがお得、ってことだよな。

 ……勝てるのか不安になってきた。



『じゃ、頑張ってくださーい!』



 という言葉とともに、プツンと音を立てて声が途切れる。



「……マジかよ」



 俺はそんな言葉を漏らして、勝ち残るためにジャングルの中を走り出した。

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