第5話:練習中の事件

 そんなこんなで剣の練習を始めて三日が経過した。


 最初はまともに構えることもままならなかったが、エレナが呆れつつも手取り足取り教えくれたため、なんとか形にはなってきている。


 前世の俺に意外と才能があったのか、それともこの体の才能か。

 どちらにしろ、たった三日でそれなりに戦える段階に来ていた。


 今は自分自身で最適の構えを見つけること、そして実戦での戦い方を本格的に教えてもらっている。


 戦い方に関しては、もう経験を積むしかない、とのことで。

 今日もエレナと武器を交わす。



「そう言えばさ! ……奴隷杯の対戦相手ってどうなるんだろ!」



 剣と槍をぶつけ合い、弾き、攻撃を重ねる。


 なんとか隙を見つけて攻撃しようとするも、軽くいなされてしまう。

 とは言え、軽い打ち合いみたいなもので、会話する余裕はあった。



「当日発表らしいわね。でも同じ買い主の奴隷がなることはないらしいわ」

「そうなの?」

「ええ、理由は知らないけど」

「じゃあ一緒に勝ち抜けるね!」

「……そうね」



 少し言い澱みつつも答えると、俺の踏み込んで振った剣を大きく弾き飛ばす。

 俺は情けない声を出しつつ尻餅をつく。


 それにエレナは槍の構えを解き、俺に手を差し伸べる。

 俺はその手を取って立ち上がると、飛んでいって落ちた剣を模した棒を拾う。

 エレナの方を見ると、エレナは槍を片付けてこっちを見た。



「休憩しましょ」

「う、うん」



 俺も剣を片付けてエレナの近くに行き、壁にもたれかかって座る。

 近くにかけてあったボロ布で汗を拭くと、エレナが思い出したかのように聞いてきた。



「そう言えば、ずっと気になってたんだけど……」

「ん?」

「アンタ、良いところに買われた後、どうするの?」

「へ? ……その後、って?」

「所有権が変わった後の話よ。結局、奴隷であることは変わりないし」

「……あんまり考えたことなかったなぁ」



 買われた後、か。

 少なくとも今の生活よりはマシになるはずだ。

 実力で買われるならば、って話だが。



「うーん……買われた後かぁ」

「まずそもそも、そこまで行けるどうかすらわからないし」

「だよねぇ。そもそも買い主が参加を許可した、って話自体信じられないし」



 そのぐらい徹底している。

 あの人は奴隷に対して最低限の対応しかしない。


 最低限の対応と多大な仕事。


 ……俺はそんな状況から抜け出すべく、剣闘士になりたいと願った。

 剣闘士になって、名を挙げて、良いところに買われる。

 そうすれば少なくとも今よりは、マシな環境に行けるはずだから。


 運が良ければどっかの組織とかに買われて、組織への所属と引き換えに奴隷から解放……なんてこともあるかもしれない。

 一番望む展開はこれだが……まぁ、何が起こるかなんてわからないからな。


 結局、行けるとまで行くしかない。



「まぁでも、せっかくのチャンスだから、無駄にはしたくないかな」

「……そうね」

「で、そう言うエレナは? 何か考えてるの?」

「私? 私は……私もあまり考えてないわね。どちらかというと考えたことがなかったというか、そんな余裕もない、と言うべきかしら」

「……それってどういう──」



 不思議な言い回しに気になって聞こうとしたところ、突然修練場の中心で轟音が響き渡る。


 あまりの音に奴隷たちの視線は一斉に中心へ。

 中心近くにいた奴隷たちは、何やら慌てた様子でその場を離れている。


 俺もそこに視線を向けて、何が起きたか見ようとしたが、轟音とともに巻き上がった砂によって阻まれる。


 気になった俺は立ち上がって、そこに近づこうとした瞬間だった。



「ぐぎゃあッ!!!」



 突然、男奴隷の一人が砂塵の中から飛んできて、声を出しながら壁にぶち当たる。

 俺は思わず「ひぇっ」なんて声を出しながら、後退りしつつ砂塵の中を見つめた。


 すると砂塵の中から一人の男が姿を現し、こちらに向かってくる。

 金髪で少し荒々しい顔つきの男だ。


 男は飛んできた男の首元を掴んで持ち上げる。



「テメェ……死にてぇのか? あぁ?」

「ぐ、ぅうッ……!!」



 血まみれになりながらもがく男に、金髪の男は怒った様子で大きく腕を振りかぶった。


 何が起きているのか全くわからないが、流石にこれは止めないとヤバそうだ。

 とは言え、掴んで止めるなんてことはこの体ではできない。


 できることと言えば、声を上げることぐらいか。


 大きな体格の男ということもあって、本能的に少し怖かったものの俺は声を上げる。



「ま、待って!!」



 その声に金髪の男は手を止めて、ゆっくりとこちらに視線を向ける。

 その冷めたような睨みつける視線に、少し背筋がピンとなるが俺だって元は大の男だ。

 怖気付くわけにはいかない。



「流石に、やりすぎだよ」

「……テメェに何がわかる。ただのガキが」

「た、ただのガキって……」

「ケッ……そもそもなんで、こんなところにガキがいやがる」



 金髪の男は掴んでいたその手を離し、俺の方に距離を詰める。

 俺は思わず後退りするが、後ろにあるのは壁で追い詰められてしまった。



「まさか、勝とうなんてつもりはねぇよな?」

「か、勝つよ! 私は!」

「……テメェみてぇなガキが、勝てるわけ……ないだろうがァッ!!」



 そう言って、足を勢いよく後ろにして、蹴りの構えに。

 足が振り上げられる瞬間、俺は思わず咄嗟に腕で顔を覆った。


 だが、いくら待っても足は当たらない。


 ゆっくりと目を開くと、エレナが片手剣サイズの棒でその攻撃を止めていたのだ。

 切っ先で動きを止めてピクリとも動かない。



「え、エレナ?」

「……なんだテメェ」

「喧嘩売るってんなら、私が買うわよ」



 まるで獣の睨み合いかのように、お互い睨み合って動かない。

 で、その間に俺は割って入ることすらできず、ただ傍観していた。


 自分から行っといて恥ずかしい限りだが、恐怖で身動き一つ取れない。


 実際に戦うとなったら、これ以上のものを感じるのだろうか。

 そう考えて身震いしてしまう。



「それに。これ以上暴れて、目をつけられるのはまずいんじゃないの?」

「……ケッ」



 男は足を下ろすと、元いた場所に戻って行った。

 ホッとして立ち上がろうとすると、エレナが手を伸ばす。



「大丈夫?」

「ありがとう……自分から行っといて、助けてもらっちゃった」

「ま、ちょっとアンタには早かったかもね」



 立ち上がり周囲を見渡すと、投げられていた男の姿は何処にもない。

 さっさと消えてしまったらしい。



「ソフィーに助けてもらったんだから、お礼くらい言いなさいって話よね」

「い、いいよ、別に。そんなつもりで助けたわけじゃないし」

「そう?」



 アンタがそう言うなら、と言って、エレナは槍サイズの棒を持ち出す。

 そして元々持っていた棒を俺に向けて投げ渡した。



「さ、休憩はもういいでしょ。やるわよ」

「うん、わかった!」



 俺は返事を返して走り出す。


 ……しかし、一体エレナは何者なんだろうか。

 何年も付き合ってはいるが、未だに何者かわからない。


 なんなら今日のアレで、更に謎が深まってしまった。


 俺はエレナについて考えながらも、数日後に訪れる戦いに備えて練習を始めたのだった。

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