第4話:武器の選択

 一日のサイクルは基本的に朝起きて、適当な飯食わされて、そっから昼飯までぶっ通しで仕事。

 昼飯食えばそこから更に、休憩を一度だけ挟んで夜飯までぶっ通しで仕事。

 飯食ったら後は寝るまで自由時間。


 意外と奴隷生活は苦ではない。

 朝から晩までの仕事生活……まぁ、そうは言っても、休憩がある分まだ楽だ。


 苦なのは……媚びさせられること。


 知らない男たちは甘ったるい声出して、尻尾を振りながら媚びることが辛い。

 俺、元男だし。


 それがこれから一週間、ほとんどない。

 仕事を免除される、と言うのはそういうことだ。



「修練場、広いね」

「剣闘士はいないのね。奴隷の貸切かしら」



 と、言うわけで、登録を終えてから修練場に。

 ざっと見渡してみると、既に先に登録を終えていた奴隷たちが修練を始めていた。


 男女どちらも若く屈強な人たちばかりで、武器を振っていた経験があるのか、それぞれ様々な練習用の武器を振っている。

 未経験な人っぽいのも何人かいるが。


 だがこの中に剣闘士の姿はない、奴隷だけの貸切みたいだ。


 武器を振る奴隷たちを見ていて、俺は一つの疑問が沸き立つ。

 エレナの方を見て、聞いてみることに。



「なんかこうみるとさ。なんで私たち、選ばれたんだろう」

「……確かにそうね。体格的にも見栄えがあるとは思えないし」

「エレナはまだ肉つきいいじゃん、筋肉ある方だし。私なんか、ちんちくりんなんだけど」

「そもそも歳の差があるでしょ」



 エレナは十八歳、俺は十四歳だ。


 俺は小さいし筋肉がそこまであるわけじゃない。

 それに比べてエレナは肉つきもいいし、十八歳だから身長もある。

 見栄えと言う意味では、俺は皆無と言っていい。


 まぁ、獣の特徴を持つ獣人というアドバンテージはあるけど。



「考えても仕方ないわ。そんなことよりも、とっととやることやるわよ」

「やること……何をすればいいんだろう」

「せめて何かしら考えてきなさいよ……」



 エレナはそう言うと壁の方に行って、立てかけてある長めの木の棒を一本手に取る。

 そしてもう一本、片手で持てるサイズの棒を手に取る。



「取り敢えず、何ができるか探るわよ」

「と、言うと?」

「今自分が一番できること……どういった武器を振れるか、とか」

「なるほど」



 確かに自分が何をできるか探るのは重要だ。

 いざという時に自分の持ち味を出せなければ、不利になるのは当然の話だからな。


 だが俺は武器と言うのを持ったことすらない。

 なんせ前世は平和な地球だったからな。



「これ持ちなさい」

「わっ」



 エレナは片手で持てるサイズの棒を、俺に向けて投げてくる。

 それをなんとか受け取ると、包帯の巻かれている持ち手の部分を握る。



「……もしかしてこれって剣の代わり?」

「練習用の片手剣ね。本来は重りを付けたりして、本来の武器の重さに近づけたりするものだけど……まぁ、素人がやったって才能が分かるわけじゃないわ」

「と、言うと?」

「どれが一番やりやすいか確かめるためには、軽い方がいいってことよ。多分」



 多分って……大丈夫なんだろうか。

 と、そのことが顔に出ていたのか、フッと笑うとエレナは答える。



「そんな顔しなくても、私はこれでなんとかしてきたわ」

「なんとかって?」

「それは…………いや……つまらない話だから、さっさとやるわよ」



 と言って強引に切り上げる。


 エレナはあまり過去を語りたがらない。

 まぁ、奴隷と言うのは古傷を隠している奴らばかりだ、エレナが例外と言うわけではない。

 だからそれを察して、俺はそれ以上は聞かないでおく。


 そんなことよりも。

 エレナは手に持っている、その長い棒を両手で構える。

 突き出すような構え……槍、だろうか。


 様になっていると言うか、なんかカッコいい。



「ハンデをあげるわ。私、ここから動かないから。私にそれを当ててみなさい」

「ハンデって……一応私、獣人だよ?」

「あら、だからどうしたの? 経験の差を種族で埋められるとでも?」

「む……そう言うならば、遠慮なく」



 どう構えたらいいかわからない俺は、取り敢えず手に持っている棒をエレナに向ける。


 そして走り出すと棒を振り上げる。

 足の速さは獣人特有のもの、その速度は獣人の『獣』部分によるが、俺は猫。

 その速度は人間の体もあってかなりのものだ。


 普通の人間では捉えきれないような速度。

 その速度のまま棒を振り上げ、エレナに向けて振り下ろそうとした。


 だが近づきる前に、エレナの持つ長い棒が伸びてきて、次の瞬間──




 俺の天地は逆転していた。



「へっ……?」



 ふぎゃっ! となんとも情けない声を出しながらひっくり返る俺。


 真っ逆さま、頭から落ちて足が上に。

 手に持っていたはずの棒は遠くで音を立てて転がり落ちる。


 何が起きたのか分からず困惑する俺は、起き上がりながら辺りを見渡す。

 エレナのことを探すと、後ろの方で棒を肩に担いで俺のことを見ていた。



「な、なにが……?」

「絡め取っただけよ。棒を」



 エレナ曰く、俺が振り上げていた棒を、エレナの持つ長い棒で一瞬のうちに絡め、そのまま弾き飛ばし、その流れで足に棒を絡めて大きく振ったと。


 そうして俺はすっ転んだそう。

 ……なんの参考にもならないんだが? 



「これで本当に確かめられるの?」

「私がなんとなくわかるから、心配しなくても大丈夫よ」

「そのなんとなくが心配なんだけど……」



 そんなこんなで色々と試すこと、数十分。

 何回も転ばされた結果、普通に剣を使った方がいいと言われた。


 何回も頭から転ばされたものだから、結構頭が痛い。

 俺は座って頭をさする。



「痛い……」

「まぁ、また記憶喪失になるなんてことはないでしょ」



 記憶喪失、と言うのは俺が転生してきた時の話だ。


 死体の体に乗り移った俺は、その体の過去を知らない。

 だから取り敢えず記憶喪失、という事にしておいた。


 結果としてそれが良い方向に進んでくれたわけだが。


 そんな俺の過去の話なんてどうでもいい。

 今は武器の話だ。



「本当にこれがいいの?」

「片手剣ね。どんな片手剣を使うかはソフィー次第だけど」



 最初に持っていた片手で持てる棒を手に持つ。

 振りやすいのは確かだ。


 でも、あの転がしで一体なにがわかったのだろうか。

 聞いたところで答えてくれないだろうが。



「これで取り敢えず武器は決まったわ」

「エレナは何を?」

「槍よ。これが一番使いやすいのよ」



 そう言うと手に持っていた長い棒を肩に担ぐ。

 確かにずっと上手い具合に使ってたしな。


 しかしこれでようやく始められる。

 だが何から始めたらいいのかイマイチわからない。

 剣を振るだけじゃ意味はないだろうし。


 なんて考えていたところに、エレナは俺と同じような片手剣サイズの棒を持ってくる。



「使い方がわからないなら、教えてあげるわよ」



 どうして使い方を知っているのか、と言う疑問は二の次に、俺はエレナに教えを乞う。

 教えてくれるならば教えてもらうまで。


 エレナは頷くと片手に持った棒を構える。

 相変わらず様になっていた。



「それじゃあ、片手剣使い方を簡単に教えてあげるわ。そもそも簡単にしか教えてあげられないんだけど」

「う、うん! よろしくね!」



 そんなこんなでようやく武器が決まった俺は、エレナの指示で剣の練習を始めたのだった。

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