第2話:異世界転生→猫耳

 数年前、俺はとある事故に巻き込まれ死んでしまい、異世界へと転生した。

 異世界はまさにファンタジーと言えるような世界観で、剣と魔法に能力による戦いが繰り広げられている世界だ。


 そして転生した体は、少女の体……に加え、猫耳と猫の尻尾が生えている体だった。

 どうやらこの世界では様々な種族がいるらしく、俺の転生した体もその一つらしい。


 まぁ、転生した……と言っても、体は完全に借り物だ。

 何故そう言えるのかって? ……理由は単純だ。

 目覚めた時、この体は既に死後数日が経過していたからだ。


 死体に、死んだ少女の体に転生したのだ、俺は。

 だから借り物、と言うことだ。


 で、転生したのだが……この体の少女、周囲からはソフィーと呼ばれている猫耳少女は、奴隷の階級だった。

 その身を売られ、買われ、取引される存在。

『物』だ。


 結構な金持ちに所有されているのか、目覚めた後に行った施設ではたくさんの奴隷がいた。

 そして奴隷としての生活を送ることになるのだが……まぁ、ろくな生活ではなかったな、うん。


 朝から晩まで徹底した仕事生活。

 物を運んで、人に媚びて……まるで猫のような甘い声を出す毎日。

 可愛らしい容姿も相まって、媚びることに関してはそう苦労はしなかったが……男としての精神がガッタガタになるほどキツかった。


 やらなければいい、と言えればいいのだが。

 仕事が出来ないのならば、それはただの不良品だ。


 俺は奴隷である以上、ちゃんと仕事しなければならない。

 ゴミになりたくなければ。


 だから毎日、必死に仕事して、人に媚びて。

 そんな生活を転生してから数年間送り続けた。


 せっかく転生したのに、生き返ったのに……一生このままなんだろうか。


 そう考えて絶望しかけていた頃、数日前……十四歳の時に、突然仕事の異動を命じられる。

 場所は……『コロシアム』。

 この世界で数カ所にしか存在しない、強者たちが殺し合いを繰り広げる場所だった。


 仕事は単純。

 試合をスムーズにに進めるための手伝い。

 人員が減っていたらしく、ヘルプで呼び出されたらしい。


 だがそこで俺は知った。

 苛烈な戦いの中に、俺がこの奴隷という身分から脱せる、唯一の希望があるということを──。





「いいところに買われる、って本当なの?」

「ええ。そういう話を聞いたわ」



 コロシアムの地下倉庫、俺を含めた奴隷たちがせっせっと物を運んでいる。

 そんな中で俺は長い間一緒に奴隷をやっている少女、エレナとともに並んで運び、会話を交わしていた。


 彼女があることを聞いたと言うから、それを聞きたくて。



「戦いで結果を出せば、利用価値を認められる……かぁ」



 数年間、人に媚びるやり方を学んできたからか、女の子らしい話し方というのが身についている。

 最初はめちゃくちゃ恥ずかしかったんだがな。

 俺たち女奴隷の基本スキルの一つと言える……色々と悔しいけど。


 ……そんなことよりも。

 重要なのは奴隷から脱せられる方法についてだ。


 至極単純。

 エレナ曰く、ここ、コロシアムで結果を出し、良いところに認められて買われる。

 そうすれば外に出られる上に安定した生活が約束されると言う、そんな話だ。


 王族身分……つまり、どっかの国の最高権力者に買われる、なんてこともあったとのこと。

 めっちゃ羨ましい。



「ま、私たちには関係のない話よ」

「なんで? 出られるかもしれないのに?」

「だってそもそも、参加することが認めないわよ。私たちの『所有者』様がね」



 反論のしようがない。

 俺たちの所有者……いわゆる買い主という奴だが。

 奴隷に対して一切の慈悲がない。


 奴隷は奴隷、物……という認識をしているようで。

 挨拶しても一瞥すらしてくれない。


 万が一認識してくれたとしてもだ。

 奴隷を失うかも、というリスクしかないコロシアム……参加させてくれるわけがない。

 つまり無理。



「ダメかぁ……」

「そうよ、私たちは一生を奴隷として終えるの。気に入らないけどね」



 そう言い切るとエレナは荷物を置いて、次の荷物を運ぶべく駆け足で来た道を戻って行った。

 俺も荷物を置いてその後に続く。



「で、でも! もしかしたら──!」

「『もしかしたら』、があったら、それこそ奇跡よ。そもそも外界と関わることすらできないってのに」

「うっ……そ、それはそうだけどさぁ……」



 少し項垂れながら、ボロ靴で廊下を進んで行く。

 進んでいる途中、突然上の方にある鉄柵の向こうから歓声が聞こえてきた。


 ここは半地下、コロシアムの観客席のちょうどしただ。

 と、言うことは。



「今、試合やってるのかな?」



 エレナに聞いてみるが、これといった反応を返さない。

 諦め気味なんだろう、多分。


 それならば。

 俺は少し助走をつけて、勢いよく踏み込んで飛ぶ。


 俺の猫耳はただの猫耳じゃない。

 獣の特徴を持つ、そう言う種族だ。

 身体能力は人間に比べると高いが、少し本能に持っていかれそうになる。

 メリットとデメリットを抱える種族らしい。


 だから小さい体ながら、少し高めのところにある鉄柵に俺はジャンプでたどり着く。



「ちょ、ちょっと! 何してんのよ! 監視に見つかったら……!」

「すぐ降りるよ!」



 鉄柵を掴んでよじ登り、その向こう側の景色を見る。


 そこでは大剣を持つ少女と、鎖に繋がれた棺桶を引きずる少女が、戦いを繰り広げていた。

 あまりにも激しい戦い。


 砂埃に混じって血が飛び、肉が飛ぶ。

 前世が戦いとは無関係だった俺から見て、かなりショッキングな光景だった。

 だがそれ以上、今の俺には憧れの景色に見えていた。



「……あれが、剣闘士。奴隷からの……数少ない出口」



 辛く過酷な生活。

 そこから脱出できる、数少ない可能性。


 俺はあの場所にいつか立てる日が来るのだろうか。

 なんて考えて、自分の状況を改めて理解し、ため息ととも鉄柵から飛び降りる。

 そして次の仕事をするべく、エレナとともに向かうのだった。


 これからも何も変わらない生活を送り続ける。

 毎日持って、運んで、人に媚びて。


 コロシアムに立つなんて夢のまた夢。

 奴隷として生きて行く。


 ──そんな俺の状況が変わったのは、そこから数日後のことだった。

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