第121話 エンマ、引退を知る


 エンマ君。

 まさかの今年で引退疑惑。


 それに気付いてしまってから、牧瀬さんや滝さんにプヒプヒと尋ねてみたものの、残念ながらこちらの意図は伝わらず。


 気付けばもう少しでレースというところまで来てしまった。


 「プヒヒヒン」 (むぅ。中々集中出来ん)


 日々の調教にも身が入らない。

 タイム的には問題ないどころか、絶好調時と変わらないみたいだけど、こう気分的になんかね。


 とりあえず俺が引退するのかどうかって事だけでもはっきりさせたいんだけど。これからのモチベーションに関わってくるし。


 だって、今年で引退なら思いっ切りレースで競い合えるのって、後2〜3回って事でしょ? これまでのレース感覚的に。


 それならそれで後悔がないように全力でびっくりするぐらい圧倒的に勝ってやりたい。


 今後一生競馬ファンにエンマダイオウって存在を忘れられないぐらい、圧倒的な結果を残してやりたい。


 そう思ってる次第なんだけど…。


 「プヒヒヒヒン?」 (ねぇねぇ。そこんとこどうなの?)


 「うーん…。なんかエンマの元気がないような…。体調は問題なさそうだし、調教も良いタイムが出てるから怪我って訳でもなさそうなんだけど…」


 調教師終わりの俺の身体を水で綺麗にしてブラッシングしてくれる牧瀬さんが、ペタペタと俺を触りながら確認してくる。


 体調が悪いとか怪我じゃないんです。

 これは、そう。気持ちの問題。

 メンタル的なサムシングですよ。


 あんなに楽しいレースがもう走れなくなるのは嫌だなぁ…。アイアイサーとも遊べなくなるし、レースで勝った時のあの快感が味わえなくなるも嫌である。


 「プヒヒヒヒン」 (まだ5歳だし、定年退職には早いと思うの)


 俺はまだまだ走れるぜーとふんすふんすしながら、牧瀬さんにアピールするけど中々伝わらない。


 ってか、俺ってもう100億稼いだのか?

 死んで転生する前に俺は100億稼げる男にしてくれってお願いしたはずだ。男じゃなくてオスになるっていう、結構大きめな誤差があった訳だけど、それはさておき、あの神様的な人は『承った』って言ったし。


 もう100億稼いだからお役御免的な流れになってるのか? それとも競走馬って引退しても稼げるのか?


 ブラッシングされながら、俺の今後の馬生について考えてる時だった。


 「エンマー! やっほー!」


 「プヒヒン!」 (ちびっ子やないか!)


 「小学校が夏休みになったからパパに連れて来てもらったの!」


 ちびっ子が手を振りながらやって来た。

 俺のレースは毎回欠かさず来てくれるちびっ子。


 フランスの時は小学校を休んで応援に来てくれてたし、ドバイの時は春休みだった。そして今は夏休みって事で、早めにイギリスに来たらしい。


 「プヒヒヒン!?」 (ちびっ子! 俺は引退なのか?)


 「どうしたの?」


 「プヒヒヒン」 (引退なのかって)


 ちびっ子なら分かってくれるかもしれない。俺はここぞとばかりに引退かどうかを聞いてみる。


 「うーん…。何か言いたそうにしてそうだけど…。怪我とかじゃないよね? エンマが走るのは今回を入れて後3回だし、元気に走り切ってほしいなぁ」


 「プヒン?」 (後3回?)


 ほな引退かぁ…。3回だもんなぁ。


 引退かぁ…。

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