第118話 久々の後輩
「プヒヒヒヒン」 (む? いつもの厩舎じゃん)
実家ででぶっちょにならない程度に運動しつつ、誰の仔かも分からない後輩達にエンマダイオウ勝利の三原則を叩き込んでると、移動するよーって言われた。
予め、イギリスに行くって事は知らされてたから、また飛行機かーと思いながら馬運車に揺られて到着したのは、いつもの調教師の兄ちゃんがいる厩舎だった。
「プヒヒヒン」 (久しぶりだな)
「ブルルルッ」
色々な検査を終えていつもの厩舎に入ると、お隣でマーシャルキャットがドヤ顔をして待っていた。
なんでも俺も走った事がある天皇賞(春)で見事勝利したらしい。1〜3着まで鼻差首差の激戦だったみたいだけど。
天皇賞(春)って、確か結構距離が長いレースだよな。そんな長いレースでそんな接戦になるって、よっぽど激しく戦ったんだろう。
「プヒヒヒヒン」 (さぞかし楽しかっただろうな)
「ブルルルッ」
好敵手とそんなに楽しいレースが出来るなんて羨ましい限り。俺もアイアイサーと楽しく競い合いたいもんだ。勝つのは俺だけど。
「次の宝塚記念でとうとうアイアイサーと戦うんだよ」
「プヒン!?」 (だにぃ!?)
牧瀬さんが聞き捨てならん事を言った気がする。アイアイサーと戦うだと?
ズルいズルいズルい!
羨ましい羨ましい羨ましい!
俺も俺も俺も!
俺は頭をブンブン振り回して猛アピールする。イギリスなんて飯が不味い国に行ってる場合じゃないよ! 俺もその宝塚記念とやらを走らないと!
「あ、あははは…。余計な事言っちゃった」
その後も走りたい走りたいとごねてみたものの、牧瀬さんはひたすら苦笑いしながら誤魔化すばかり。
「プヒヒヒヒン」 (良いなー羨ましいなー)
「ブルルルッ。フスッ」
マーシャルキャットはよく分かってなさそうだけど、俺が羨ましそうにしてるのを見てご満悦。鼻で笑ってくる始末だ。
なんて腹が立つ後輩なんだ。ぶっ飛ばしてやろうか。
「プヒヒヒヒン」 (アイアイサーは生半可な相手じゃないぞ)
「ブルルルッ」
「プヒヒヒヒン」 (俺を相手にしてると思え)
まあ、どれだけごねても俺のイギリス行きが変わらないなら仕方ない。腹が立つ後輩だけど、アドバイスぐらいはしてやろう。
ここ最近マーシャルキャットと一緒に走ってないから、こいつがどれだけ成長したかは分からないけど、アイアイサーの凄さは俺が一番分かってるつもりだ。
ちょっとやそっとの成長じゃ、あいつに勝つ事なんて出来ない。
「プヒヒヒヒン」 (いいか、まずはスタートダッシュでだな--)
そこからはアイアイサーの恐ろしさをこれでもかってぐらい伝えた。
スタートダッシュでびっくりするぐらい差を付けてくるけど、焦ったらいけない事。あくまでも序盤はペースを乱されずに、自分の走りを心掛ける。
仕掛けどころはレースによってまちまちだから、そこはもう相棒の騎手さんを信じるしかない。
マーシャルキャットの相棒は田川さんって人だ。偶に調教で顔を合わせるけど、強面イケメンって感じの人で、滝さん曰く、多少強引なところはあるけど、腕は確かって言ってた。
アイアイサーとの戦いはどこまで自分の脚を信じれるかに懸かってると言っても過言ではない。
あの驚異的な逃げに焦らされて変なタイミングで仕掛けると、絶対に届かない。
「プヒヒヒヒン」 (溜めて溜めて溜めてドンッだ)
「ブルルルッ」
うむ。良い返事だ。
一瞬の爆発に全てを懸けたまえ。
それでもアイアイサーに勝つのは難しいと思うけどな。
あいつに勝てるのは俺だけだ。
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