第115話 その頃
「プヒヒン」 (そういえば…)
実家ででぶっちょにならない程度に運動しながら、のんびりしてるとふと思い出した。
そういえば、いつもは一目散に駆け寄ってくるペルナが居ないなと。ついでに言えばテシャールも居ない。
実家で生まれた仔馬達はチラホラと見かけるけど、俺が仲良くしてる馬達を見かけない。
「プヒヒヒン?」 (レースが近いのかね?)
調教師の兄ちゃんの方の厩舎に行ってるのかもしれんな。今年に入って、俺もレースをした訳だし、当然あの二頭もレースがあるだろう。
なんのレースに出るとか知らないけど、頑張って欲しいもんだ。兄弟が肉になったとか、そんな話は聞きたくないからね。
てか、俺は競走馬に転生したって知って、初期の頃は肉になるかもしれないって不安に怯えてたけど、本当にある事なのかね?
俺の飼い主のお兄さんがそういう事をするようには思えないんだが。お金持ちらしいし。普通に養ってくれそうな感じがするんだけど。
いや、お金持ちの経営者ほどシビアに判断するのかな? 俺はもう多分肉になる心配はないだろうけど、一緒に牧場で育った奴らがそういう運命になるのは嫌だなぁ。
なんだかんだ近くの寝床の奴とかと仲良くなってる気がするし。
「プヒヒヒヒヒン」 (ここは俺が走り方を伝授してやらないといけないな)
エンマダイオウ君が必勝の極意を教えてやろうじゃないか。良く走って良く食べて良く寝る。これが一番。
早速チビ馬達に教えてあげよーっと。
☆★☆★☆★
「絶対におかしいよ…」
ペルナの主戦ジョッキーである真冬が恨めしそうに空を見上げる。
本日はG1大阪杯。
前年エンマダイオウが圧勝し、半弟のペルナが出走するという事、そしてほんの少し前にドバイでエンマダイオウがこれまた圧勝した事でそこそこ話題を呼んでいる。
レースの日は悉く雨。
そしてペルナは雨が大嫌いという事もあり、三歳のシーズンはほとんど勝てずに終わった。
しかし、一月に快晴の中で行われたAJCCで見事勝利を収めて、満を辞して大阪杯に殴り込み。因みに真冬は重賞初騎乗初勝利という、普通に凄い事をやってのけている。
そんな真冬はこの一週間、ひたすら天気予報と睨めっこして、今日は雨が降る事はないと確信していた。
AJCCでも快晴だったし、やっぱりペルナの雨馬説はなかった。
そう思っていたはずなのだが…。
「うぅ…今にも降りそうだよ…」
レースの時間が近付くにつれて、雲行きがどんどん怪しくなってくる。つい、先ほどでは太陽が見えていたというのに。
G1初騎乗というプレッシャーなんて考える暇もなく、ひたすら空を睨み付ける真冬。
待機場で一緒にいた騎手達が、G1初騎乗で緊張してるだろうと、緊張をほぐしに近付こうとするが、回れ右をして引き返すぐらいには鬼の形相で空を睨んでいる。
「雨じゃなきゃワンチャンあるかなと思ってたけど…」
三歳の時ほど露骨に走らないという事は無くなったペルナだが、それでも晴れの時とのパフォーマンスの差は大きい。
「奇跡でも起きて滅茶苦茶やる気で走ってくれないかな…無理か…」
大好きなエンマダイオウが促しても雨の日は中々厩舎から出て来ようとしないのだ。そんな奇跡が起きるはずがない。
真冬はせめてレースが終わるまでは雨が降らないでくれと祈った。
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