第114話 一時帰国


 「エンマ見て見て! ずーっとこっち見てるの! 可愛いねー!」


 「プヒヒヒン」 (カッコいいだろ)


 ちびっ子ふふんとドヤ顔をしてみせる。

 タブレットで必死に俺の映像を見せてくれてるんだ。まあ、実際どんな感じで撮れてるかは、ちょっと見にくくて分からんのだが。


 ちびっ子が満足そうにしてるから、俺も満足である。


 今はドバイから帰ってきて検疫も終わらせて実家に戻ってきたところだ。帰りの飛行機でアイアイサーがドヤ顔してたから、俺もドヤ顔し返しておいた。


 ふふん。危ないところだったぜ。

 これで俺が負けてたら、帰りの飛行機でひたすらこいつのドヤ顔を見続ける事になってたんだから。レース前に危険性に気付けて良かった。


 「これ、カメラが前を走ってくれてたから良かったですけど、そうじゃなかったらどうだったんでしょうね…。コイツ、明らかにカメラを意識して走ってるでしょう」


 「プヒヒヒヒン」 (コイツとはなんだ。ぶっ飛ばすぞ)


 帰国後の俺の調子をわざわざ実家まで見に来た、調教師の兄ちゃんが呆れたような言い方で俺を見てくる。残念ながら今は俺の目の前にちびっ子がいるから、派手な行動は出来ん。


 絶対後で蹴り飛ばしてやる。


 「ま、まあエンマの事です。流石にカメラに気を取られて負ける事は無かったでしょう」


 「だと良いんですが…」


 「プヒヒヒン」 (勝ったんだから良いでしょうよ)


 全く。終わったレースをネチネチとうるさい奴だな。勝ったんだから、もっと褒めてくれて良いじゃんか。ちびっ子を見習え。


 こいつは勝ったら滅茶苦茶褒めてくれるし、負けてもよしよしと慰めてくれるんだぞ? 俺は負けた事がないから経験はないけど、ペルナがよしよしされてるのを見かけた事がある。


 あれは羨ましかった。


 ちょっと、調教師の兄ちゃんは俺が当たり前のように勝つから、勝つありがたみってのを忘れてるんじゃないか?


 俺ももう競走馬として五年目だ。

 流石にレースで勝つってのがどれだけ難しいかも、少しは分かってるつもりである。


 だと言うのに、勝ってもこれだけグチグチ言われるのはちょっと納得がいきませんよ。


 こうなったら次のレース負けてやろうか。


 厩舎に戻って来たけど、一旦実家でちょっぴり休憩してから、また海外に行くっぽいんだよね。今度はイギリスって言ってたっけな。


 エンマ君の今年はワールドツアーな模様。


 しかも今回はアイアイサーもついてこないみたいだし、やる気の出ないレースになる事は間違いない。ここらで一つ負けてやるのも一つの手ではなかろうか。


 イギリスってご飯が美味しくないって聞くし、きっと草も美味しくないに違いない。これも更にやる気が出ないポイントの一つですよ。


 「んふふ〜! やっぱり一番前を走ってるエンマはカッコいいねー! 一等賞のエンマが世界で一番カッコいいよー!」


 「プヒヒヒン」 (せやろせやろ)


 ちびっ子が満面の笑みで俺の鼻先を撫でてくる。


 危ない危ない。

 調教師の兄ちゃんのせいで、わざと負けるとかいう愚行を犯すところだったぜ。


 このちびっ子の笑顔は守らねばなるまいて。やっぱり俺は負けずに競走馬生を終わらせないとな。


 いつまで走るのか知らんけど。

 身体は元気だから、衰えるまでは走り続けたいんだけどなぁ。

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