第108話 憂鬱


 「プヒヒーン!」 (到着ー!)


 「ブルルルッ」


 結構長い時間飛行機に乗ってたと思う。

 そしてようやく到着しました、ドバイ。


 飛行機の中ではアイアイサーと恋バナしました。俺はアイリッシュが好きなんだけど、お前はー? えー! アンジュなのー? みたいな。


 因みに全部俺の想像ね。向こうも返事してくれたけど、何言ってるか全く分からんから。


 途中、お互い飽きて寝ちゃったしね。

 最初はビビってた風のアイアイサーだけど、最後は一緒に仲良くお休みよ。気付いたら到着してたわい。


 まあ、でも今回の飛行機旅でアイアイサーとは仲良くなれたと思う。よきかな。


 だが! だがである!

 レースになったらお互い敵同士。

 一切手は抜かないぞ。いつも通りぶち抜いてやるから覚悟しておけい。


 「プヒヒヒン」 (今回も俺が勝つ)


 「ブルルルッ」


 俺が勝利宣言すると、アイアイサーもやってやるぜとばかりに鼻息荒く返事する。


 乗り気じゃなかった海外遠征だけど、アイアイサーがいるなら話は別だ。楽しみになってきたぜ。



 ☆★☆★☆★



 「やっぱり一緒に輸送するんじゃなかったかな…。二頭ともやる気になっちゃってるよ」


 「ですねぇ」


 輸送後の馬の状態をチェックしていた一永と牧瀬は火花を散らしているように見えるエンマダイオウとアイアイサーをみて、ため息を吐いた。


 恐らく一緒のレースで競い合えると思ってるのだろう。


 「飛行機に乗るのを渋ってたエンマがアイアイサーを見てからずっと上機嫌ですからね。これでレース当日、姿が見えないとなれば…。ちょっとどう転ぶか分かりません」


 「あー胃が痛くなってきた」


 一永はお腹をさすりながら今後の事を考える。牧瀬の言うように、レース当日アイアイサーの姿が見えない時のエンマダイオウの反応が怖い。


 下手したらまともに走ってくれない可能性がある。


 「検疫が終わったら、一緒に走れる訳じゃないって事を伝えるか」


 「伝えてエンマが理解出来ると思ってる私達って、もう毒されすぎてますよね」


 「俺はもうその辺のことを考えるのは諦めたよ」


 普通の馬はお気に入りの馬と一緒に走れないと言ったところで、理解出来る訳がない。


 しかし、エンマダイオウは別だ。これまでの数々の所業から、自分達の言葉を理解してる事を疑っていない。


 「蹴られる事を覚悟しておいて下さいね」


 「………プロテクターを付けていくか」


 上機嫌でも調教師の一永には当たりが強いエンマダイオウだ。半ば騙すような形で海外に連れて来て、アイアイサーと一緒に走れないと告げた時のエンマダイオウの行動は容易く予想出来る。


 どれだけ不機嫌でも牧瀬や滝に当たる事はないが、その被害を一手に引き受ける事になるのは一永である。


 まず間違いなく蹴られるだろう。


 一永はこんな事もあろうかと、日本から持って来ていたプロテクターを装備してエンマダイオウと話す事に決めた。


 「エンマのテキに対する当たりの強さは引退するまで収まりそうにないですね」


 「引退しても収まらんさ。あいつは俺の事を舐めてるからな」


 「でもテキが乗っても振り落としたりはしないですよね。気に入らない人が乗ると、露骨に嫌がるのに」


 「振り落とすのは流石に不味いと思ってるんじゃないか? 知らんけど」

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