第98話 二度目の有馬記念 前編


 『さあ、日本中の競馬ファンが待ち望んだ今年の総決算有馬記念がやって参りました。注目は何と言っても、日本競馬史上初めて凱旋門賞を制覇したエンマダイオウでしょう。去年と同じく枠順で不利となりましたが、果たしてこれがどう影響するか』


 ぐるぐると。パドックでも回ったのに、なんか狭いところでもぐるぐると回って待機させられる。


 これ、なんなんだろうね。時間の無駄だと思うんだけど、なんか意味があるのかな? 馬になって結構な年数が経つけど、未だに分からないことだらけですよ。


 もうパドックでお客さんに顔見せは済んだんだから、さっさと走らせてくれれば良いのに。このレース前の待ち時間みたいなの、好きじゃないんだよなぁ。


 目の前にご馳走が用意されてるのにお預けされてる気分になる。


 『そして対抗馬はもちろんこの馬、アイアイサーでしょう。宝塚記念はレコード近いタイムで快勝し、天皇賞(秋)は連覇。ジャパンカップも制覇し、ライバルのエンマダイオウが居ない間に、日本競馬を牽引して来ました。しかし、アイアイサーはこれまで過去にエンマダイオウに苦渋を飲まされ続けています。ここでいよいよ初勝利なるか。現在2番人気です』


 そんな事を思ってると、ようやくゲート前に連れて行かれる。やっと走れるぞーってウキウキしてると、少し遠くからアイアイサーからの視線。


 どうやら向こうはまだバチバチに意識してるみたいだ。アンジュはレースモードに入って我関せずって感じだけど。


 『大注目はもう一頭。フランスからリベンジを懸けてやってきたのはアンジュ。ロンシャンでのエンマダイオウとの激闘はまだ記憶に新しいでしょう。凱旋門賞三連覇の夢を打ち砕いたエンマダイオウともう一度戦うため、今度はアンジュが有馬記念の連覇を阻みに来ました。アンジュは僅差ながら現在3番人気です』


 続々とゲート入りが始まる。アイアイサーとアンジュにばかり目が行きがちだけど、いつしか戦った記憶がある金色の馬体をしたスカした奴もいるな。名前忘れたけど。靴が脱げたレースとかで一緒に走ったよね。


 あれから元気にしてたのかな? 


 俺が大昔の事を考えてると、いつの間にか俺がゲートインする番に。


 俺が入ろうとすると、他の馬以上に大歓声が聞こえる。非常に気分が良い。よく分からんけど、凱旋門賞に勝って良かったな。こんなに人気者になれるとは。


 『さぁ、各馬がゲートに収まりました。果たして今日は一体どんなドラマが生まれるのでしょうか。係りが離れて…第××回有馬記念。スタートしましたっ! 好スタートを切ったのはやはりこの馬、3番アイアイサー! いつものように逃げに入ります!』


 ゲートが開く。今日もいつものように後方待機の予定だ。だから、スタートしてそそくさと内に寄りつつ、後方に付けようとしたんだけど…。


 ちょっと、アイアイサーがロケットスタートすぎる。なんか一瞬で先頭に躍り出てるんだけど? あいつ、あんな飛ばして大丈夫なの?


 ほんとに怖いぐらい速いんだけど。これ、このままのペースで維持されたら、ちょっと呑気に後方待機なんて言ってられない気がする。


 滝さん、頼みますよ? 良い感じのところで仕掛けて下さいね? 後、しっかり俺を我慢させるようにお願いします。


 アイアイサーを見てたらちょっと気持ちが逸っちゃうかもしれないので。

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