第99話 二度目の有馬記念 中編


 『逃げる逃げる、とにかく逃げる。あっという間に7馬身程の差をつけてアイアイサーが一人旅。2番手にはヴェートーヴェン3番手は今日が引退レースのジェイソンキッド、そしてその後ろにはアンジュがいます。エンマダイオウは最後尾です』


 「これは…」


 滝さんがいつものように指をトントン叩きながらタイムを測ってるっぽいけど、流石の滝さんもアイアイサーの逃げっぷりにびっくりしてるっぽい。


 マジで初っ端から全力疾走って感じ。マラソン大会でとにかく最初だけは目立ってやろう的な。そんなイメージなんだけど、アイアイサーなら、そのままのペースで走りきっちゃうんじゃないかって怖さがある。


 俺はとりあえず一番後ろで我慢してるけど、いつもより早めに仕掛けないとやべぇんじゃないかな、マジで。競馬素人の俺でもそう感じちゃうぐらいとにかく速い。


 ちょっと焦っちゃうよね。


 『さあ、まずは最初の正面スタンド前です。各馬思い通りのスタート、ポジションを取る事が出来たのでしょうか。先頭から見ていきましょう。先頭は大差をつけてアイアイサー。まだまだ軽快に逃げていきます。そして離れたところでは固まって、ヴェートーヴェン、ジェイソンキッド、アンジュ。そして今年の牝馬二冠馬ヒャッカリョウランが続きます。アイアイサーに引き摺られて、全体的にハイペースになっている今年の有馬記念。これが後半どう影響してくるか。1000m通過タイムは57秒9! 57秒9です! これはかなりのハイペース。アイアイサーは最後まで持つのか!?』


 スタンド前を通ると物凄い大歓声が聞こえる。昔はこの歓声やらを聞いてゴールを間違えた事もあったっけかな。


 まだまだ競走馬として初々しい頃だった。恥ずかしい限りです。


 「エンマ」


 俺が昔の事を考えながら走って、そろそろ曲がるよーってなった時。滝さんが合図をして手綱を少しだけ緩めてきた。


 どうやら、ペースを上げて良いらしい。まだもう一周してくるのに、もう前に行って良いのかね? いつもよりだいぶ早い合図だ。


 まあ、言われた通りにしますけども。


 『アイアイサー、ここで息を入れたか? 少しペースが落ちて二番手との差が少し縮まりました。しかしそれでもまだまだ差が離れています。……おおっと!? ここで早くもエンマダイオウが位置を上げてきた! 最後尾からグイグイと押し上げていっています。鞍上の滝騎手もこのハイペースに危機感を覚えたか? 他の各馬も釣られて更にペースが上がっていきます。これは一波乱ありそうだぞ! ここから一体どういう展開になっていくのか!?』


 俺がソロソロと後ろから少しずつ着順を上げて行くと、俺が上がって行くのに釣られて、なんか他の馬も慌てて動き出してるような気がする。


 まあ、俺はそんなのお構いなしにペースを上げる。で、なんか良い感じのところにすっぽり収まった。前から5.6頭目ぐらいかな?


 久々に前と後ろに挟まれる感覚を味わってる。いつもは一回仕掛けたらぶっこ抜くだけだったから。


 結構前に来たけど、それでもアイアイサーとの距離は遠い。流石に少しペースは落ちてるけどね。


 良い感じの位置に収まって、滝さんがまた手綱をがっちりと締めてきた。ペースを上げるのは一旦ここまでって事かな?


 「今日は長く脚を使ってもらう。頼むぞ」


 え? あ、はい。ちょっと言ってる意味が分からないけど。早めに仕掛けて全力疾走の距離が長くなるって事で良いのかな? 


 望むところだけど。フランスより馬場が軽く感じるからか、まだまだ元気なんですよ。むしろ持て余してるくらいだ。


 異次元のスピードを叩き出せるかもしれん。日本中の度肝を抜いてやろう。

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