第65話 出走直前
『さあ、まもなく始まります。年末のグランプリ有馬記念。今年も豪華なメンバーが揃いました。なんといっても注目は無敗の三冠馬エンマダイオウ。8枠16番と、過去に1着になった馬がいないという事で2番人気になっていますが、果たしてどうか。そしてそのエンマダイオウを抑えて1番人気に推されてるのがG17勝『女帝』アイリッシュ。三度目の正直、悲願のジャパンカップ制覇を成し遂げた最強牝馬はラストランを勝利で締めくくれるか』
パドックでぐるぐる回って、移動してなんか屋根があるところでぐるぐる回って、また移動してゲートの前でぐるぐる回って。
早く走りたい。体からエネルギーが溢れ出てる。いつまで焦らすつもりなんだ。毎度ながら、このレース前の時間は好きじゃない。さっさと走らせてくれたまえ。
こっちは我慢できなくてうずうずしてるんだからさ。
「ブルルルッ」
「プヒヒヒン」 (なんや、やんのかワレェ)
俺が頭をぶんしゃかして気持ちを落ち着かせてると、アイアイサーが目の前にやってきて睨んできた。メンチビームで勝負は未だに負けた事がない俺です。ここは引きませんよ。
『8番人気には10番のヴェートーベンで……おおっと。エンマダイオウとアイアイサーが向き合って睨みあっています。3番人気のアイアイサー。皐月賞やダービーで鎬を削ったライバル。お互い意識してるのか一歩も譲りません』
「アイアイ、行くぞ」
「エンマも。ムキになるな」
残念ながらメンチ合戦は引き分けに終わってしまったが、やはりあいつは良い。臆さずに喧嘩売ってくるところが新鮮だ。
最近では威圧感的なサムシングが出てるのか、レース前に近寄らないようにする馬もいるくらいだからな。気合いが足りませんよ、気合いが。
うちの後輩の方がよっぽど立派である。あいつは何回負けても俺に挑戦してくるからな。
そんな事を思いながら、続々とゲートインしていくのを見ながら、ぐるぐる歩くのを続ける。今日の俺の場所は一番端っこで最後に入る予定なんだよね。
どうやらこの枠はよろしくないみたいだけど、関係ない。真の強者は場所なんて不利を気にしないのだ! わっはっはっは!
「プヒヒヒン」 (それにしても良い尻をしてるな)
アイリッシュとやらの尻を横目でみる。引き締まってビューティフル。なんか趣味嗜好がどんどん人間から馬になっていってるんだよね。
こう、人間の美人を見てもきれーって感想になるだけだが、こうして馬の美人を見るとハッスルしたくなってくる。
これが良い事なのか、悪い事なのか。まあ、馬として過ごすなら良い事なんだろうな。
なんかアイリッシュを見たら気持ちも幾分か落ち着いてきたかも。サンキューアイリッシュ。これで冷静にレースに挑めるぜ。
『続々とゲートインが完了していきます。徐々に、徐々にレースが近付き、観客のボルテージも上がってきました。13万人を超える今日の中山競馬場。さあ、ここで最後のエンマダイオウがゲートに向かって、すんなりと収まりました。係の人間がゲートから離れて……第××回グランプリ有馬記念。今スタートしましたっ!』
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