第64話 有馬記念 パドック


 ばちばちに気合い入れて調教する日々を過ごしてちょっと経って。


 あっという間にレース当日を迎えた。


 「ちょっと入れ込みすぎかなぁ。エンマ、もうちょっと落ち着いて」


 「プヒヒヒン」 (それは出来ないお願いだな)


 現在パドックを周回中。フスフスと鼻息荒く、回ってます。自分でも気持ちの昂りを抑え切れない。早く走りたい。いつもなら観客席前だけ、ビシビシ歩いてるのをずっと続けてるぐらいだ。


 「枠もとんでもないところになっちゃったし、不安だよぉ」


 「プヒヒヒン」 (枠なんて関係ない。全員ぶっちぎってやる)


 なんかそういえば言ってましたね。滝さんが物凄い絶望した表情で俺に謝ってたのが印象に残ってる。8枠16番? なんかそんなところらしい。俺は関係なくぶっちぎるけど。余裕だけど。


 なんたって今日は奴がいるからね。後ろから滅茶苦茶視線を感じますぜ。俺の好敵手ってやつがね。俺の真後ろにいるんだ。


 なんか前より白っぽくなった様な気がする、ギラギラとした視線を隠しもしないやつが。


 「プヒヒヒン!」 (待ってたぜぇー!)


 俺は頭をブンブンしてなんとかテンションの昂りに逃がそうとする。でもやっぱり抑え切れない。


 こいつとの対戦をどれだけ楽しみにしてたか。今日まで厳しい調教を積んできた甲斐があったってもんよ。


 それはそれとして。


 なんかいつもと違う匂いがするお馬さんがチラホラいるんだよねぇ。ほら、あそこの4番のお馬さんとか。とっても別嬪さんである。茶色の毛が輝いてみえてとても美しい。


 多分女であると思われ。女も一緒に走るんだねぇ。初めての体験です。馬ってオスメスの差はないのかな? 勝手にオスが有利だと思ってた。だから、これまでオスしかいないもんだと。


 「あれが現状一番人気の牝馬アイリッシュだよ」


 「プヒン?」 (一番人気?)


 あれれ? 俺がそうじゃなかったのか? もしかして抜かれちゃった? アピール不足だったのか…。なんかちょっと前に記者さんがいっぱい来てたから、ストレッチとか披露したのに。


 くぅ。馬であっても人間は女が良いのか! あんなにアピールしたのに! やっぱり調教師の兄ちゃんとバトルでもすべきだった!


 「アイリッシュは今日が引退レースっていうのもあるけど、やっぱりエンマの枠がねぇ…。エンマ以外のライバルはみんな良い枠なんだよ」


 ほう。引退レース。あの別嬪さんは今日で最後なのか。それは非常に残念である。これからも一緒に走る機会とかあればなとか思ってたのに。


 出来れば結婚を視野に入れたお付き合いもお願いしたいところではあった。それぐらい別嬪さんだもの。エンマ君は面食いなのだ。


 今日のレースを皮切りに仲良くさせてもらいたいところだったんだけど、もう一緒に走る機会がないとは。とても残念。


 まあ、別嬪さんであろうが、アイアイサーであろうが、負ける気はないけどね。


 アイアイサーにアイリッシュ、後2.3頭ライバルになるような馬の事を言われたが、なんか直感的にこの2頭と争うような気はしてる。


 なんか他の馬との格的なサムシングが抜きん出て違う。あくまで俺の直感だけど。


 あー。マジで楽しみだ。早くこの昂りを爆発させたい。圧倒的なエンマダイオウを観客に見せつけてやる。

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