第61話 物足りない調教


 アーイアイアイアイアイサー!


 「凄いやる気だね」


 「プヒヒヒン」 (やる気満々ですよ)


 アイアイサーとの再戦だぞ? 最近消化不良気味のレースだったから尚更やる気が出る。


 「ちょ、ちょっと! 今日はもう終わりだよ!」


 「プヒヒヒン!」 (まだまだやるぜー!)


 既に坂路を三本走った後だけど、もう三本ぐらいいけそうな気がする。グイグイと牧瀬さん引っ張って行こうとするけど、牧瀬さんも負けてない。


 それはもう踏ん張って動かないようにしてる。無理矢理引っ張れば動けない事もないけど…。


 「プヒン」 (仕方ない)


 「ほっ」


 今日のところはここまでにしておいてやるか。でも明日はもっと追い込んだ調教メニューでお願いしますよ?


 アイアイサーに負ける訳にはいかない。あれだけ一緒に走りたいって拗ねまくって、負けたら恥ずかしすぎるからね。絶対に勝てるようにトレーニングせねばならん。




 「プヒン! プヒン!」 (めーし! めーし!)


 「エンマは本当に良く食べるなぁ」


 「ブルルルッ」


 「おおっ。マーシャルも負けてないな」


 調教が終わったら飯だ。俺は他の馬より多く配分されてるらしいけど、それでもペロリと平らげる。食べた分以上に動いてる自信があるしね。


 最近では俺に対抗するように隣の馬房の後輩も食べて動くようになってきた。よきかなよきかな。俺の背を見て育つが良い。なんたってファン投票一位ですからな。わっはっはっは!


 が、後輩は良く食べるようになってきたが、それでも苦手なものがあるらしい。


 なんか粉みたいなやつだ。餌に混ざってるんだよね。俺は気にせずにもしゃもしゃするけど、後輩は振り払ったりしてる。


 「プヒヒヒン」 (好き嫌いしたら強くなれないぞ)


 「ブルルルッ」


 俺がそう言うと、嫌々ながら食べる。言葉通じてますねぇ。なんで俺は聞き取れないのかな?


 まあ、俺も柑橘系は食べないけど。入ってたら咥えて放り投げるからね。舌に刺激が強すぎるんですわ。あれは餌じゃなくて嫌がらせだと睨んでますね。調教師の兄ちゃん辺りが怪しい。いつも蹴ってるお返しに入れてそうだ。


 「エンマは有馬記念、マーシャルは朝日杯。どっちも頑張るんだぞ」


 「プヒン?」 (朝日杯?)


 厩務員のおっちゃんが俺達を交互に見ながら言う。朝日杯は初耳だけど、有名レースなんだろうか? 俺は去年出てないと思うんだけど。


 あれ、出たっけな? ちょっと覚えてないですねぇ。


 「プヒヒヒン?」 (俺以外に負けるんじゃないぞ?)


 「ブルルルッ」


 お前にも負けねぇって言われてる気がするな。嘶き的に。なんて生意気な後輩だ。調教では俺の全戦全勝だぞ? まずは練習で俺に勝ってからデカい口を叩いてくれたまえ。


 一緒に本番で走る機会があるのかは知らないけどさ。同じ場所で住んでる馬は一緒に戦えないとか、そういうルールはあるのかしらん?


 ないならいつかは一緒に走ってみたいね。先輩が本番でどれだけ強いかってのを骨の髄まで味わってもらいたい。


 で、ゴール板を駆け抜けたらドヤ顔してやるんだ。


 その為にも誰にも負けないようにする為に、もっともっと調教せねばならんな。やっぱり明日からはもっと強度のある調教にしてくれとアピールしないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る