第49話 拗ねる
『エンマダイオウ逃げる逃げる! 最後の直線に入って更に加速! これは決まった! 皐月、ダービーと争ったライバルを思い出させるような圧倒的な逃げ! 最後の冠へ死角なし! 今ゴールイン!』
「エンマ?」
「……(ふいっ)」
俺は滝さんが馬上から声を掛けて来てるのを聞こえないフリをして誤魔化す。神戸新聞杯とやらには勝ったんだから良いじゃないですか。なんか最近のレースと違って、観客が少なく感じたけど。
「エンマ?」
「プヒヒヒン」 (エンマ、拗ねてます)
あーあー。聞こえなーい。レース前に滝さんがレース展開をどうするか話してたのは知ってるよ。なんか馬群に囲まれた時の対応がどうたらとか言ってたのをよーく覚えてます。
俺もパドックに出るまでは滝さんの言う通りにしようと思ってましたよ、ええ。俺にはレースの事は良く分かりませんからね。
でもですよ。パドックに出てみてびっくり。アイアイサーが居ないじゃありませんか。あいつは白っぽい馬だからすぐに分かるんだ。
今日も対戦出来るのを楽しみにしてたんだぜ。あいつはムカつく名前をしてやがるが、俺のメンチビームにも真っ向から対抗してくる、良いライバルだと思ってたんだ。
前回のダービーでも、その前の…ちょっとレース名は忘れたけど、ギリギリで勝ったやつも。滅茶苦茶楽しかったんだ。
あの先頭をぶっちぎって走っていく姿。追いつくか追いつかないかのギリギリの戦い。楽しかった。楽しかったのに…。
「プヒヒヒン」 (なーんであいつは居ないのかなぁ)
そりゃ、ライバルが居ないってのは、俺がレースに勝ちやすくなるって事で良い事かもしれませんけどね。なんか張り合いがないと言いますか。現に今回のレースも圧勝だった訳で。
なんかムカついたから、滝さんの制止を振り切って、アイアイサーと同じ様に先頭を走ってやった。滝さんもすぐに切り替えてくれたけど、やっぱり予定と違う事をしたのを戸惑ってるみたいだ。
これまで結構良い子ちゃんにしてたからね。前にも一回先頭を走った事あったけど。
「プヒン?」 (怪我とかかな?)
菊花賞とやらには出て来てくれるんだろうか? 俺ちゃん寂しいですよ。はっ! これが恋?
「うーん。一体どうしたんだろうね…」
いや、あいつオスか。のーせんきゅーですわ。でもなぁ。また一緒に走りたいんだよなぁ。あ、勝つのは俺ね。一緒に走った上で勝ちたい。
「プヒン」 (面白くないね)
走れと言われたら走りますけどね。負けたくないし、お金を稼がないとだし。肉にされたくないし。でも、どうせ走るなら楽しみたいですよ。
馬がわがまま言うなってか。こちとら馬に生まれたくて生まれたんじゃないやい。
「ご機嫌ななめだね。これは舞ちゃんに宥めてもらうしか…」
ブンブンと頭を振って拗ねてますよとアピールする。次はアイアイサーを連れて来て下さいよ。
なるほど。これがメンヘラ。
いや、ちょっと違うか。
とにかく、このままじゃモチベーションがよろしくない。まさか、俺が対戦相手に執着するとはな。
最初は走ってお金を稼げれば良かったのに。わがままになったもんだぜ。俺の奥底にある馬の闘争本能的なサムシングが刺激されたのかもしれんな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます