第50話 まさかの


 「今日のエンは楽しくなさそうだったね」


 「プヒヒヒン」 (分かってくれるか、ちびっ子よ)


 レースが終わった後の記念撮影。

 いつも通りちびっ子に甘えに行ったんだけど、鋭いご指摘をされた。偉い人にはそれが分からんのです。


 ちびっ子からも言ってやってくだせぇ。次はしっかりアイアイサーを用意するようにと。俺はもうあいつなしの体じゃダメになっちまったんだ。


 「プヒン」 (気持ち悪)


 自分で言ってて気持ち悪くなったわ。なしなし。今のなしね。俺はノーマルな馬なんです。そういうカップリングは求めてない。


 「楽しくなさそうか…」


 「なんででしょうか?」


 「うーん…」


 滝さんと牧瀬さんはちびっ子の言葉を真剣に考えてくれてる様子。難しい事は言ってないでしょうよ。アイアイサーと一緒に走らせてくれたら良いんです。


 こっちからの言葉を伝えられないのは辛いなぁ。



 ☆★☆★☆★



 「まさかアイアイサーが天皇賞に向かうとはね」


 「スプリンターに行くって噂だったんですが」


 厩舎の事務所で滝と一永が話し合う。当初スプリンターに出ると噂されていたアイアイサーだが、ギリギリで毎日王冠に出走登録。


 どうやらそのまま天皇賞に向かうらしい。


 「これ、エンマと有馬で戦う気なんじゃないかな? 天皇賞を獲る事が出来れば、投票でも選ばれるでしょ」


 「えぇ…。アイアイサーに2500mは長すぎませんか?」


 「ダービーを見てる感じギリギリ持つと思うけどねぇ」


 あくまでも滝の予想だが、向こうの陣営はエンマダイオウに拘ってるように見える。皐月、ダービーと気合いの入りようが半端ではなかったし、ダービー後の悔しがり方は凄かった。


 「エンマにも良い影響が出るかもしれないね」


 「あー、牧瀬が言ってた事ですか?」


 「舞ちゃんの楽しそうじゃなかったって言葉も気になる」


 神戸新聞杯でのエンマの走り。いつもは大人しく言う事を聞くエンマには珍しい走りだった。


 牧瀬がパドックに入ってから、しきりに何かを探すような仕草をしていたと言われて、もしやと思ったのだ。


 アイアイサーがいなくて不貞腐れてたのではないかと。


 オーナーの娘である舞の言う事も馬鹿に出来ない。恐らくエンマが一番懐いているのはあの子で、その子が楽しくなさそうだったと言うのだ。


 普通なら子供の戯れ言と流すところだが、牧瀬の言ってる事と合わせると、そういう可能性があるのではと思い至ったのだ。


 一永は半信半疑だが、滝は恐らくそうなんだろうと思っている。


 「あのレースもエンマなりの抗議だったのかもしれないね」


 「馬ですよと言いたいところですが、普段のエンマを見てるとそう思ってしまいますね」


 「向こうの陣営には感謝しないと。このままエンマにずっと不貞腐れられても困る」


 「そうですけど…。アイアイサーが天皇賞に勝ってもらわないといけませんよ?」


 「そこは向こうの陣営に頑張ってもらおう」


 でも問題は次の菊花賞なんだよなぁと一永はため息を吐く。


 もし本当にエンマはアイアイサーがいなくて不貞腐れてるなら、次のレースも少し考えないといけない。菊花賞には出てこないからだ。


 それにエンマは3000m走れるかは未知数。一応調教やレースを見る感じ、問題はなさそうだが、どうなるか分からない。


 考える事が多すぎて一永はまたため息を吐いた。

 

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