第48話 成長


 「プヒヒヒン!」 (帰ってきたでー!)


 放牧を終えていつもの厩舎に帰って来た。

 牧瀬さんと調教師の兄ちゃんにお出迎えしてもらったから、前者にはにゃんにゃん甘えて、後者には前脚キックをお見舞いした。


 いつも通りの光景だと、関係者さん達は大笑いしてたくらいだ。



 で、色々検査して調教の日々が再スタート。


 「エンマは太ってないから助かるよ」


 「プヒヒヒン」 (デブはちびっ子に嫌われる)


 牧瀬さんが言うには、放牧から帰ってきたら大抵の馬は太ってるらしい。それを絞るのが大変らしいけど、俺はいっぱい食べてたけど、その分ちゃんと運動もしてたから。


 「また一回り大きくなったね」


 「プヒン」 (せやろ)


 それはパパさんにも言われた。タッタカ走ってても疲れにくくなったと言うか、力強くなったと言うか。これで筋肉痛に負けない体になったんじゃないかと思ってます。


 「神戸新聞杯も頑張るんだよ」


 「プヒン! プヒン?」 (あたぼうよ! 神戸新聞杯?)


 あれ? 菊花賞ってのじゃないの?

 写真撮影会に来てた競馬ファンはそんな事を言ってたんだけど。


 ………まあ、牧瀬さんの言う事の方が正しいか。競馬ファンの人は予想を言ってただけかもしれんな。


 因みにその神戸新聞杯でどれくらい稼げるのかな? 菊花賞よりも上? それなら文句無いんだけど。



 ☆★☆★☆★



 「アイアイサーはやはり菊花賞は出ないみたいですね」


 「本質はマイラーだからね。スプリンターに行くのか、マイチャンに行くのか分からないけど、あの馬ならあっさり獲ってもおかしくないんじゃないかな」


 事務所では一永と、エンマの調教に来ていた滝が話し合っていた。次戦の神戸新聞杯は敵になりそうな馬がいない。強いて言うならニートデゴザイだが、エンマがいつも通りの力を発揮出来たら、問題なく勝てるだろうというのが、本音である。


 滝は引退宣言してから、徐々に騎乗回数を減らしている。引退宣言をする前からのお手馬はしっかりと乗っているが、新規ではほとんど乗っていない。


 騎乗勘を鈍らせないように注意してるが、比較的時間に余裕が出来て来た事もあり、エンマの調教を積極的にしている。


 「菊花賞のライバルは…やっぱりベートーヴェンですかね」


 「だね。あの産駒はステイヤーばっかりだし、結果も出てる」


 いつも3歳の夏頃から本格化してくる、芸術家や音楽家偉人の馬名ばかり使っている馬主。時代にそぐわないと言われながらも、ステイヤーの馬を輩出し続けてるオーナーブリーダーだ。


 「調教を見ましたけど、スタミナはありそうでしたよ」


 「あそこは本当に凄いよねぇ」


 過去にもバッハやダヴィンチと言った馬が、菊花賞や天皇賞(春)を制覇している。その産駒のベートーヴェンが菊花賞に参戦予定だ。間違いなくエンマのライバルになるだろうと、一永は警戒している。


 しかし滝はまるで他人事のように、お茶を啜っている。


 「ふふっ。さっき調教でエンマに乗ったけど、既に負ける気がしないんだよ。この夏で更にパワーアップしてるよ、エンマは」


 滝は大胆不敵に笑った。

 その姿を見て一永は、油断して溜め殺しはしないでくれよと内心で思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る