第37話 レース後2


 「エンマ、助かったよ。本当にありがとう。今回勝てたのはお前のお陰だよ」


 「プヒン?」 (何が?)


 レースが終わっていつもなら、すぐに検査場所みたいなところに連れて行かれるんだけど、今回はまだレース場をパカパカしてる。


 着順がまだ決まってないかららしい。

 初めての接戦だったからなぁ。まさか進路が無くなるとは思ってなかったぜ。


 競馬は脚が速ければそれだけで勝てるって程甘くないんだな。ああいう作戦もあるんだと、勉強になりました。


 やっぱりどこかで競馬知識をもっと蓄えたいなーなんて思ってると、歓声が聞こえて滝さんが俺の首をペシペシして謝ってきた。


 正直何を謝られてるか分からんが、滝さんの言葉的にどうやら勝てたらしい。良かった良かった。


 これで負けてて記念撮影が無いって言われたら、この場で寝転んで駄々をこねてたところだぞ。スーパーでお菓子を買ってもらえない子供ばりに暴れてたのは間違いない。


 そしてそのままいつもの検査場へ。

 牧瀬さんと調教師の兄ちゃんが待ってくれてたので、滝さんが降りた瞬間に前脚キックを披露する。


 「おわっ! お前は相変わらずだな!」


 「プヒヒヒン」 (約束したからね)


 残念ながらギリギリのところで避けられた。レース後で疲れてるからいつものキレがないのが原因だな。まだまだ鍛え方が足りん。


 「プヒヒーン」 (牧瀬さーん)


 「あははは。エンマは良く頑張ったね」


 牧瀬さんの胸に鼻先でグリグリしつつ、調教師の兄ちゃんの方を向いて鼻で笑ってやる。君にはこの包容力が足りないんだよ。


 「凄いな。ここまで馬鹿にされてるのが分かるのも珍しい」


 それが伝わったなら良かった。

 後で舌ペロも披露してやろう。



 ☆★☆★☆★



 「滝さん」


 「すまん」


 エンマから離れた後。

 一永に声を掛けられたので先に謝る。


 「先に謝られると何も言えなくなっちゃいますよ。今回は勝てたから良かったものの…」


 「ああ。本当にエンマに助けられた」


 今回の騎乗は最低だった。

 エンマの脚なら問題ないと過信し過ぎて、追い出すのが遅れて、かなりロスで大外を回らせてしまった。


 あの場面でエンマが自ら大外に進路を変えてくれなかったら、最後は届いてなかっただろう。


 「もっと早い段階で位置を上げておくべきだったな」


 「はい。大外に回すのは予定通りでしたけど、あそこまで外を回されると流石のエンマもきついです」


 馬群に沈められるのを警戒して最後方からレースしたのに、結局馬群にやられてちゃ最後方にいる意味がない。


 「ダービーも枠順次第だけど、後ろからのレースになるだろう。次は同じ過ちはしないよ」


 「はい。本当にお願いしますね。エンマは間違いなく三冠馬になれる素質がある馬なんですから。獲れなかったら、それは調教師と騎手の責任ですよ」


 「ああ」


 エンマを初めて見た時からそれは分かってる。あの馬を見た瞬間、凱旋門賞を1着で駆け抜けてるのが想像出来た。


 ホープフルSも勝って、後の心残りは凱旋門賞だけ。


 俺にはまだ覚悟が足りなかったのかもしれないな。エンマのスペックに甘え過ぎてたのかもしれない。


 これからの残り短い競馬人生はエンマと心中する覚悟で挑まないとな。

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