第36話 レース後1


 ☆★☆★☆★



 「た、滝さん…」


 俺は写真判定をジッと見ながらため息を吐く。見た感じ最後にエンマが差したように見える。恐らくクビ差で勝ってるだろう。


 「肝が冷えたぞ…」


 「テキ、お疲れ様です。エンマが勝ちましたよね?」


 「多分な」


 滝さんの後方待機には賛成だった。

 エンマの脚なら仕掛けどころさえ間違わなければ、アイアイサーも問題なく差し切れると思ってたからだ。


 しかし最後の直線手前。

 ロメールの巧みな騎乗技術によって馬群が広がり、エンマを上手く持ち出せなくなってしまった。


 あれは滝さんの失態だろう。

 大先輩に苦言を呈するのは、中々胃にダメージがあるが、言わなきゃならない。


 「エンマが進路を探してたように見えますね。多分独断で動いたんじゃないですか?」


 「エンマならあり得るな。賢い馬だ」


 エンマは進路を塞がれてからしきりに首を振っていた。あれが無ければどうなってたことやら。


 「ああ…。良かった…」


 「! やりましたね! 一永厩舎初のクラシック勝ちですよ!!」


 「エンマが来るまでG1も取れてなかったんだから当たり前だろ…」


 電光掲示板の1着のところには16番が点灯した。なんとかエンマが勝てたらしい。


 とりあえずホッとした。

 今はそれしか言えない。



 ☆★☆★☆★



 「パパ! 早くエンを迎えに行くよ!」


 「待て待て、舞。まだエンマが勝ったと決まった訳じゃ…」


 「エンが負ける訳ないよ!」


 馬主席で結果が出るのを今か今かと待っていると、舞が手をグイグイと引っ張ってくる。


 舞はエンマが勝ったと当たり前のように思ってるらしい。


 初の馬がクラシック参戦。

 しかも圧倒的1番人気。

 出来すぎ以外のなにものでもない。


 滝さんも一永調教師も間違いなく勝ち負けに絡むとは言っていた。それもあって結構安心して見てたのは事実だ。


 しかし競馬に絶対はない。

 最後の直線では思わず声を上げてしまったくらいには、ギリギリの戦いだった。


 「パパー!!」


 「あなた、行きましょう」


 「お前ま…で…」


 心の中で色々と考えていると、舞と妻までせかしてくる。まだ結果が出てないんだからと、言おうとしたら観客席から歓声が上がった。


 「ああ、勝ったのか。………え? 俺が皐月賞勝利馬のオーナー?」


 エンマの番号が電光掲示板に点灯されている。


 その瞬間、喜びよりも戸惑いが先に来た。


 「もう! パパ嫌い! 行こうママ!」


 「あらあら。嫌われちゃたわね」


 「え、あ、ちょっと待ってくれ!」


 俺が現実を受け入れられないでいると、舞は痺れを切らしたのか、引っ張っていた俺の手を離して、妻の手を引いてさっさと行ってしまった。


 「花京院さん! おめでとうございます!」


 「あ、ありがとうございます…。ちょっとまだ現実を受け入れられてなくて…」


 慌てて二人を追いかけようとすると、知り合いの馬主さんに声を掛けられる。

 他にも色々な馬主さんに声を掛けられて、すっかり二人の姿が見えなくなってしまった。


 「ほんと、出来すぎだよ…」


 俺はなんとかその場を切り抜けて、走って二人を追いかけた。


 これはまだ夢なんじゃないか。

 夢ならば覚めないでほしい。

 そう願いながら。

 

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