第35話 皐月賞 後編


 『アイアイサーの大逃げ! 各馬慌しくなってきました! 3.4コーナー中間地点、少し差は縮まってきたか? アイアイサーのリードは4馬身ほど。おっと、ここでニートデゴザイの鞍上ロメール騎手の腕が動いた! まもなく4コーナーというところで、ニートデゴザイが動いたぞ! それに釣られて各馬も動き出します! しかしここでアイアイサーが再加速! 4コーナーに入ったところで井坂騎手の鞭が入った!』


 じわじわと着順を上げていってるんだけど、なんか他のお馬さん達もスピードを上げていってるみたいで、思ったよりも差が縮まってるようには感じない。


 「ちっ。まずいぞ」


 珍しく滝さんの舌打ちが聞こえた。

 何かよろしくない事でもあったんだろうかと不思議に思ってたら、なんといつの間にか馬群が広がりまくってて、俺の進行方向が塞がれていた。


 「ロメールか? 厄介な」


 ロメール? そういえば前世の知り合いは困ったらロメールとか言ってたな。なんの用語なんだろうか? あ、騎手の名前か? 外国人っぽい名前だし、今日も外国人騎手がいたもんね。


 で、そのロメールさんが何かしたからこうなってるのかな? まさか馬群を操る特殊能力でも持ってるんだろうか? なんてチートキャラだ。


 『おおっと! 4コーナー直前で馬群が膨らんだ! これは後方の馬は大きなロスになるぞ! エンマダイオウ大丈夫か!? 鞍上の滝騎手は必死に進路を探す!』


 いや、これはやばいでしょ。

 前の馬が邪魔でスピードにのれない。

 全然先に進めない。滝さんも進路を探してるっぽいけど、マジで邪魔すぎる。


 「エンマ!?」


 俺もキョロキョロして進路を探したけど、隙間が見当たらない。これはどうしようもないでしょと、一瞬スピードを落として馬群から抜けて1番外を回る。だいぶ大回りになったけど、このまま邪魔され続けるよりはマシだ。


 『さあ! 最後の直線だ! アイアイサーが先頭で粘っている! その後ろは接戦! ニートデゴザイ、ラストヘラクレス、ウルトラキャニオン、ブラックカーテンの叩き合いだ! 1番人気のエンマダイオウはどこだ!? 大外だ! 最後の直線! エンマダイオウ1頭だけ少し離れた場所から猛スパートをかけてくる! ここから届くのか!?』


 おお…。

 こんな外側を走るのは初めてかもしれん。

 もう少し逸れたら観客席だぞ。


 「エンマいけるか!?」


 あたぼうよ! べらぼうめ!

 進化したエンマVer.2を舐めてもらっては困りますよ!


 俺は滝さんに鞭でしばかれて一気に加速する。ちょっと外側にいすぎて、ばったばったと抜いていく爽快感がないのが残念だけど、それでも順位は確実に上がって行ってる。


 『これは届くのかエンマダイオウ!? 観客席の前を走っています! 残り200mを切って先頭は変わらずアイアイサー! 2番手争いはニートデゴザイが一つ抜けたか!? 2歳王者エンマダイオウの覇道もここまで…きたっ! きたっ! きたっ! エンマダイオウが凄いスピードで上がってきた! なんという瞬発力! なんという底力! 中山の短い直線の坂を一気に駆け上がってくる!』


 やばいかも。

 ちょっと加速が足りないような気がする。

 本当はコーナー辺りから加速し始めないと、最高速に乗れないんだよねぇ。


 今回はコーナーのところでちょっとゴタゴタしたからスピードが足りない。


 しかもこの坂。なんで最後に坂を持ってくるんだ。これがしんどい思いをして走ってきた馬に対する仕打ちか? 虐待で訴えるぞ。


 滝さんもっとしばいて!

 活力が足りませんよ、活力が。

 しばかれると本能的に早く走らなきゃって気になるんだ。もっと鞭が欲しい。


 その願いが届いたのか、滝さんからビシバシと鞭が飛んでくる。これで痛かったら走る気をなくすんだけど、滝さんは叩くのがお上手だから。SMクラブとか行ったら大人気なんじゃないかね。


 ぐんぐんとスピードは上がってる。

 先頭の真っ白な馬も捉えてると思う。ちょっと横に距離が離れすぎててはっきりとしないが。


 これならギリギリ届くか?


 『先頭はアイアイサー! 1冠目は目の前だ! 井坂騎手が必死に鞭を振るう! 残り100mを切って逃げる逃げる! しかし、一番外! 漆黒の馬体で飛んできたのはエンマダイオウだ!! ニートデゴザイをかわして2着にまで上がってきたぞ! 逃げ切れるかアイアイサー! 差し切るのかエンマダイオウ! 2頭のデッドヒート! 内か外か! ほとんど並んでゴールイン! 最後の最後でエンマダイオウが躱したように見えたがどうだ!? 第××回皐月賞は写真判定にもつれ込みます! 3着はニートデゴザイ、4着ラストヘラクレス、5着はブラックカーテンです』


 「最後に躱したと思うが…」


 だよね? ギリギリ抜いたよね?

 抜いてないって言われたら駄々こねるよ?

 1着じゃないとちびっ子と写真撮影出来ないんだから。それはもう誰もがびっくりするぐらいに駄々こねるよ?


 正直こんな苦戦すると思ってなかった。

 あの大外に回ったのが余計すぎた。

 馬群操る特殊能力を持ってるロメールさんとやらにはこれからも要注意だぜ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る