第34話 皐月賞 前編


 『4万人を超える入場者中山競馬場皐月賞。ファンファーレが終わり、出走各馬のゲート入りがまもなく始まります』


 なんか楽器演奏があったな。

 観客席からも拍手とか叫び声が聞こえる。

 それに他の馬がびっくりしたりしてるぞ。


 「エンマは落ち着いてるな」


 「プヒヒン」 (ちょっと緊張してる)


 落ち着いてはいるけど、なんか思ったよりも緊張してる。走るだけだから余裕っしょって思ってたんだけどね。


 なんか周りからも結構期待されてるみたいだし。負ける気は一切ないけど、ちょっぴりプレッシャーと言いますか。


 『まずは奇数番号の各馬からゲート入りを促されます。6番人気の5番ウルトラキャニオン少しゲート入りを嫌がっているか。その他はすんなり埋まっていき、偶数番号の馬も誘導されていきます。2番人気2番アイアイサー、3番人気4番ニートデゴザイ、係に誘導されて収まりました。さあ、場内が静まり返ってきました。圧倒的1番人気の16番エンマダイオウが最後にゲートに向かいます』


 これってひたすらゲートに入るの嫌がったらどうなるんだろ? 10分ぐらいひたすらここでジッとしてたら、ゲートの中で待ってる他のお馬さんの嫌がらせになったりしないかな?


 「ほら、エンマ行くぞ」


 一瞬立ち止まって考えたけど、滝さんに促されてゲートに向かう。流石にそれは無しみたいだ。騎手の人が罰金とかなるのかな? それなら申し訳ないからやめておいた方がいいか。


 『エンマダイオウ非常に落ち着いたゲート入り。鞍上の滝騎手と共にいま。ゲートに収まりました。これで16頭の体勢完了。係員が離れて…第××回皐月賞スタートしました!』


 このゲートの音なんとかなりませんかね?

 馬って耳が良いから、人間さんが思ってるよりビビるんですよ? ガッコンって音。

 それにびっくりしてスタートしなきゃってなるから良いかもだけどさ。


 『好スタートは2番のアイアイサー。宣言通りアイアイサーがいきました。あっという間に先頭に立つ。2番手争いは3頭並んで、ウルトラキャニオン、トップファイター、ブラックカーテン。更にその後ろにはラストヘラクレスとニートデゴザイ。アイアイサー鞍上井坂騎手、手綱を抑えない。リードをどんどんと広げていきます。これは速いペースになりそうだ』


 またあの白っぽい馬が先頭で逃げてる。

 前のG1の時もそうだった。俺? 俺は一番後ろですよ、ええ。結構綺麗にスタート出れたけど、早々に滝さんに手綱でグイグイやられました。


 「下手なところでポジション取りすると囲まれるだろうからな。それなら最初から腹を括って最後方待機の方が良い」


 との事で。

 一番後ろでのびのびと走らせてもらってますよ。


 『2コーナーカーブを回っていきます。先頭は変わらずアイアイサー。リードは7馬身から8馬身。少し場内が騒然としています。2番手にトップファイター、3番手はウルトラキャニオンとブラックカーテンが並んで追走。その後にはニートデゴザイ、ラストヘラクレス、1馬身空いてスマイルショットとスーパートレインが続きます。そして一番後ろにはエンマダイオウ。先頭まではかなりの差があるぞ。鞍上の滝騎手はどこで仕掛けるのか』


 ねぇ? これ大丈夫です?

 前回もアイアイサーが逃げた時同じ事を思ったけど、先頭までだいぶあるよ? 滝さんを信用してない訳じゃないんだけど、ちょびっと心配でして。


 「焦るな。焦るなよ。こんなペースで逃げ続けられる訳がないんだ。絶対どこかでペースを落とす」


 滝さんがぶつぶつと言ってらっしゃいますが。それは俺に言ってるんです? それとも、自分に言い聞かせてるんです?


 『前半の1000m57秒ジャスト。速い。あまりにも速すぎる。先頭のアイアイサー、最後まで脚が持つのか。まもなく3コーナーカーブを各馬迎えようというところですが、先頭は変わらずアイアイサー、各鞍上は仕掛けどころを探ってるか、膠着状況が続きます』


 「エンマ少しずつだ。少しずつペースを上げるぞ」


 少しずつね。

 普通の馬ならそんな詳細な指示は聞けないだろうけど、俺は人間の知能がありますから。


 滝さんの手綱に合わせて本当に少しずつペースを上げていく。じわりじわりと後ろから前へ侵食していくように。


 どうやら先頭のアイアイサーが思った以上に逃げてるから、他の馬も段々と慌ただしくなってきてる。


 俺はそんな中、ひっそりと息を潜めるように徐々に後ろから順位を上げていった。

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