第31話 他陣営


 ☆★☆★☆★



 『先頭はアイアイサー! 逃げる逃げる! その差は2馬身! 後ろからはラストヘラクレスが猛追してくるが届くか! 残り200m! アイアイサーが再加速! 更に伸びた! アイアイサーだ! リードを3馬身に広げた! 2着争いは接戦! ラストヘラクレス、スマイルショットも頑張っている! アイアイサー、今先頭でゴールイン! 弥生賞はアイアイサーが制しました! 2歳王者に土をつけるのはこの俺だ! 皐月賞へ向けて好発進!』


 「良し!」


 アイアイサーの調教師、中田は1着でゴールした瞬間拳を握り締めた。

 ライバルになりそうな、エンマダイオウは共同通信杯へ、ニートデゴザイはスプリングSに進んだので、このレースはなんとしても勝ちたかった。


 「井坂君。良い騎乗だったよ」


 「ありがとうございます。すんなり前に行けたので、終始楽な展開でした」


 戻って来た鞍上の井坂騎手をねぎらう。

 井坂騎手はまだ若いが、実力をメキメキと付けてきてG1を既に8勝。今後も楽しみな騎手である。


 「次は皐月賞だ。リベンジするぞ」


 「ええ」


 ホープフルSで惨敗した悔しさは忘れていない。アイアイサーはG1を勝てる馬だ。初めて見た時に確信していたし、クラシック戦線の主役になる事間違いなしだと思っていた。


 しかし突如出て来た漆黒の馬体。

 レジェンドの滝を鞍上に、物凄い末脚で並ぶ事すら許されずぶち抜かれた。


 「とにかく逃げるしかないですね。横に並んでよーいドンじゃ勝てません」


 「そうだな。アイアイサーが逃げ馬で良かった。これなら勝機はある」


 アイアイサーは走るのが大好きであるが、常に先頭を走ってないと気が済まない性格をしている。調教では抜かれたら騎手の指示を無視してでも抜きに行こうとするし、自分の前に他馬がいるのが許せない。


 そんなアイアイサーが抜きに行く暇もなく、ぶっちぎったのがエンマダイオウだ。ホープフルS後のアイアイサーの荒れ様は酷かったのだ。


 しかし、なす術もなく負けたのが良かったのか、いつも以上に真剣に調教に励むようになった。


 「3歳になって一回り大きくなったのはアイアイサーも同じです。次は絶対勝ちますよ」


 「ああ。期待してるぞ」


 中田調教師と井坂騎手は改めて決意した。

 エンマダイオウに勝つのは俺達だと。



 ☆★☆★☆★



 『きたっ! きたっ! きたっ! ニートデゴザイ! 一気に捲り差していく! 鞍上のロメールが鞭を入れた! 先頭のブラックカーテン粘れるか! しかし、残り100m! ニートデゴザイが並んだ! 壮絶な叩き合い! ブラックカーテンか! ニートデゴザイか! 抜けた! 最後は体半分抜け出してゴール! スプリングSは叩き合いになりましたがニートデゴザイが最後は気合いを見せた!』


 「まずいねぇ」


 ニートデゴザイの調教師、仲道はレースには勝ったものの渋い表情をしていた。

 もちろんレースに勝利してくれたのは嬉しい。後できちんとねぎらうつもりだ。


 「あの末脚じゃエンマダイオウには敵わないか。良い馬なんだがなぁ」


 最後の直線。

 ロメールの合図に応えてしっかり抜け出してくれた。反応も悪くなかった。


 しかしだ。

 あのエンマダイオウとの勝負になるかと言われれば否である。


 「時代が時代ならクラシックのどれかは取れる力はあるんだがなぁ。なんてタイミングの悪い」


 エンマダイオウ。

 東京スポーツ杯では逃げての競馬だったが、恐ろしいのはあの末脚だろう。

 最後方から一気に捲ってくるあの脚はどうしようもない。


 あの脚があるなら一番後ろでも問題ないのだ。馬群で抑えつける事も出来ない。


 「アイアイサーが馬鹿みたいに逃げて仕掛けのタイミングを間違ったりしてくれないかなぁ」


 そんな事を思いながら仲道はロメールとニートデゴザイを出迎える。

 仲道の苦悩は皐月賞当日まで続く事になった。

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