第30話 しょんぼりエンマ


 「ふむ。ちょっとコズミが出てるね」


 「プヒン」 (うむ)


 レース翌日。

 レースが終わった後にも見てもらったけど、改めてお医者さん確認してもらった。

 雨の時に走った程じゃないけど、筋肉痛的な痛みがある。


 やっぱりトレーニングが足りなかったな。

 あの走り方は一応雨の日にも対応する為に開発したんだぞ? 晴れの日でこれだけ疲れてたら、まだまだ使い物にならないぜ。


 「ご飯は…しっかり食べてるな」


 「プヒン」 (うむ)


 レース後のご飯は欠かせん。

 豪華な場合が多いからな。りんごとか多めに入ってる時があるし。


 ちびっ子にもちゃんと褒めてもらったからやる気は満々なんだけど、コズミが鬱陶しいな。早く練習してあの走り方をしても疲れない体作りをしたいんだけど。


 これはちょっとの間はお散歩だけかな。

 牧瀬さんに甘えてなんとかプールだけでもお願い出来ないもんか。場所は覚えてるし、外に出たら牧瀬さんを引きずってみよう。


 「コズミ自体は2.3日でひくと思うけど、どこか痛い所があったら言うんだぞ?」


 「プヒン」 (うむ)


 お医者さんの言われた事にしっかり頷いておく。お医者さんとは仲良くなるに越した事はないからね。もし俺が大怪我したらちゃんと助けて下さいよ?


 言うんだぞとか言ってるけど、コミュニケーション手段がね。痛いフリでもしろって事かな?



 ☆★☆★☆★



 「凄いプレッシャーだな」


 「ですねぇ。まあ、それぐらい共同通信杯の勝ち方が強かったんですが」


 調教師の一永は苦笑いしながら、新聞を牧瀬に手渡す。


 「三冠馬誕生の兆しですか。まだ出走馬も決まってないのに」


 「気が早いよな」


 牧瀬も苦笑いしながら新聞をテーブルの上に置く。新聞にはエンマダイオウが大々的に取り上げられており、三冠馬間違い無しなど気の早い事が書かれてあったりする。


 クラシック三冠。

 皐月賞、ダービー、菊花賞。


 過去にも達成した馬はいるが、ここ最近では他馬で分け合う事が多く、二冠馬すら誕生していない。三冠ともなると、一永の現役時代の相棒まで遡らないといけない。


 「でもエンマならって思っちゃいますよね」


 「やんちゃ小僧だかな。さっきは珍しく引き摺られてたみたいじゃないか」


 牧瀬はその言葉に顰めっ面をする。

 エンマの引き運動をしようと、外に出したら凄い勢いで引っ張られたのだ。


 一永調教師や他の厩務員の言う事を聞かない事はあったものの、牧瀬の言う事にだけは素直に聞いていたのでびっくりした。


 「しかも連れて行かれた場所はプールですよ。ほんと、いつの間にか大好きになっちゃって」


 「放牧で何かあったのかもな」


 エンマはどうしてもプールに入りたいようだったが、予約もしていないので今日は無理だ。牧瀬がそう説明すると露骨にガッカリしながら、トボトボと引き運動をこなして厩舎に引っ込んでしまった。


 「レース翌日からプールに入りたがるのもどうかと思うが。コズミは出てるんだよな?」


 「ええ。軽くですが。数日様子を見てから調教をどうするかって話でしたけど、プールぐらいならいつでもこなせますよ」


 「なら、予約を入れておくか。このままエンマにへそを曲げられても困る」


 「ないとは言い切れないのがエンマですよね」


 ご飯を減らしたりしたら、とてつもなく拗ねるのだ。牧瀬が宥めたらなんとかなるが、一永が姿を見せると、それはもう威嚇する。


 最近は他の馬にも威嚇の仕方を教えてるようで、エンマの真似をする馬も出てきたくらいだ。


 一永厩舎の中ではすっかりボスになっているエンマダイオウであった。

 

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