第29話 共同通信杯


 あれよあれよという間にレース当日。

 なんか栗東に着いて2週間ぐらいでレースになった。今までもっと余裕があったような気がするんだけど。


 それはさておきレースですよ。

 なんか前よりお客さんが少ないような?

 今日はそんな大した事ないレースなのかな?


 「エーン!」


 「プヒヒン!」 (ここですよー!)


 いつもの様にビシバシと歩いてると、ちびっ子がこっちに手を振ってくれる。応えるように俺が首を振ると、観客からは拍手が起こる。


 まっ、大した事ないレースだろうが、すんごいレースだろうが、俺のやる事は変わらん。いつも通り一番に帰って来て、ちびっ子に褒めてもらう。それだけだ。


 更にお金も稼げるんだから文句ないね。




 『今年のクラシック戦線を占います共同通信杯。圧倒的1番人気に支持されているのは12番のエンマダイオウ。2歳王者が力を見せ付けるか。ここまで無敗で勝ち上がって来ています』


 今日の俺は1番端っこの12番。

 最近内側の方が有利なんじゃないかなって思ってきたんだけど、その辺はどうなんだろう? 


 毎回外側の様な気がしないでもない。

 いや、一回内側の時もあったっけ? エンマダイオウ君は抽選運が悪いんですかねぇ。


 そんな事を思いながら続々とゲートインしていくのを眺める。俺は1番最後に悠々と入っていく。


 「エンマ、すぐ開くぞ」


 分かってまんがな。

 初めての時みたいなヘマはしませんよ。


 『スタートしました。比較的揃ったスタート。まず先頭にスーッと行きました、3番のフリーフォール。鞍上は田代。その後ろ2番手には6番のキャッツビートル、2番のトップファイターと続きます。1番人気エンマダイオウは後方から3番手』


 はい。今日も良いスタート。

 流石俺。さすエン。もうスタートは俺の得意分野と言っても過言じゃないね。

 でも結局後ろに控える。これってスタートをばっちり決めたのにちょっと勿体無いって思っちゃうんだが。


 『3番フリーフォール先頭に立ってリードは2馬身。2コーナーから向こう正面を目指します。おっと、2番手の2番トップファイター口を割っています。ちょっと折り合いがつかないか。1400の標識を通過して、向こう正面中間。ここで9番ウルトラキャニオンが3番手集団まで上がってくる』


 「遅いな」


 それな。俺もちょっと思ってました。

 なんか今日はみんなゆっくり走ってない? ちょっとみんなに合わせるのに苦労するぐらいなんだけど。


 これって俺がちょっとペース上げたりしたらダメなのかな? ゆっくり走るのって結構難しいんだよ。


 って事で、滝さんにペースを上げたいなと意思表示をしてみる。


 「もう少し、もう少しだけ我慢だ」


 滝さんがそう言うなら我慢しますよ。

 こういうのは専門家に任せた方が良いですからね。正直、俺はどこまで走るのかも分かってないし。でも1800mって聞いてたから、そんなに長い距離じゃないと思うんですよ。


 『1000m通過タイムは1:01:2。これはゆったりめなペースだ。先頭は変わらずフリーフォール。リードは1馬身。ほぼ一団となっております。これは鞍上の田代の予定通りなのか。果たして脚は残っているのか。そして追い込み馬は届くのか! 4コーナーカーブからまもなく直線! あーっと、2歳王者エンマダイオウ! 早くも動いてきた! 鞍上の滝の腕が動いてるぞ!』


 「ダメだ。遅すぎる。エンマ、早めに動くぞ」


 へいへーい!

 その言葉を待ってましたよ!

 俺は滝さんが手綱を緩めた瞬間に、一気にスピードを上げる。今までチンタラ走ってた鬱憤を晴らすように、グイグイと外から追い抜いていく。


 『さあ、一団となって直線! 先頭のフリーフォールに鞭が入った! リードは変わらず1馬身! 2番手争いはトップファイター、ウルトラキャニオンも追いすがる! そして後ろの外からは漆黒の馬体が飛ぶようにやってきた! 速い! これは速い! 他の馬と並ぶ事なく、一頭、また一頭と一気に追い抜いていく!』


 うむうむ。悪くない。

 エンマVer.2になった走り方は前より、絶対に速くなってる。1レースを通して続けられるか心配だったけど、1800mなら大丈夫そうかな?


 『フリーフォールここでいっぱいか! 変わって先頭はウルトラキャニオン! そのすぐ後ろにトップファイター! キャッツビートルにも鞭が入ったぞ! 残り200mを通過! 先頭はウルトラキャニオン! きたっ! きたっ! きたっ! 2歳王者のエンマダイオウ! 更に加速! トップファイターを躱し、ウルトラキャニオンに並び…並ばない! 一気に突き抜けた! エンマダイオウだ! エンマダイオウだ! ウルトラキャニオン頑張った! しかし先頭はエンマダイオウ! 今1着でゴールイン! スローペースも関係ない! 一気に先頭へ突き抜けました! この強さは本物だ! これが2歳王者の実力です!』


 くいくいと引っ張られてスピードを緩める。


 「エンマ、お前は最高だな」


 「プヒン?」 (せやろ?)


 快勝と言っても良いんじゃないですかね。

 あれ? そういえば今回は鞭で叩かれなかったな。いや、別に叩かれたい訳じゃないんだけど。それぐらい余裕はあった。


 あーでもちょっと疲れてるかも。

 こんなに長く真剣に新しい走り方をした事なかったし。これは厩舎に戻ってから、まだまだ特訓が必要か。プールと坂道でとことん自分を追い込もう。


 

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