第32話 一週間前


 「エンマは坂道を走るのを嫌がらないから助かるよ」


 「プヒヒヒン」 (しんどいのはしんどいけどね)


 調教に来てくれた滝さんが俺に乗りながら声を掛けてくれる。なんかここ最近の調教は良く来てくれるんだよね。


 他の人に乗られても良いけど、やっぱり滝さんが一番だ。他にももっと上手な人がいるのかもしれないけど、乗せてて一番苦じゃない。


 やたら重い人とか鞭でしばくのが下手な人とかいるからね。そういう人からはなるべく距離を取ってます。


 「プヒヒン」 (プールは?)


 坂道の調教が終わったみたいなので、それとなく進路をプール方面に向けてみる。

 前脚を鍛えるならプールが一番だと馬生活を続けてきたなかで結論付けました。


 まだエンマVer.2は未完成って事が前のレースで分かったからね。1800mでしかも、最後は本気で走ってないのに、次の日は筋肉痛が出てたんだ。もっともっと鍛えないと。


 「あ、こら。今日はプールはなしだぞ」


 「プヒン」 (残念)


 最近は毎日のように連れて行ってくれてたのに。既に俺はプールの主として君臨してるんだぞ? あそこはあんまり怪我の心配をせずに鍛えれるから良い。脚が届かないのは未だに怖いけどね。案外溺れないのが分かったから、慣れました。


 「プヒン?」 (なんだ?)


 厩舎の方に戻ると人だかりやカメラがたくさん。俺が戻ると少しざわめいてゆっくりこっちにやって来た。


 これはあれか? テレビ取材ってやつか? 負けなしエンマ君だもんね。人気になって来たのかもしれん。


 「あ、そういえばインタビューがあるの忘れてたよ」


 「プヒヒヒン」 (滝さんのお客さんなのね)


 なんだ、残念。俺にインタビューしてくれないのか。綺麗な写真を撮ってもらおうと思ってたのに。


 滝さんは俺から降りると牧瀬さんに俺を引き継ぐ。そのまま滝さんは人だかりの方に行った。


 「プヒン」 (俺も行きたい)


 「エンマ?」


 牧瀬さんをグイッと引っ張って滝さんを追う。どんな話をしてるのか気になるしね。


 「すみません。お待たせしまし…おっと」


 「プヒン」 (混ぜてー)


 滝さんがインタビューを開始しようとした所で俺も乱入。滝さんは苦笑いしながらびっくりしてたけど、混ぜてくれるらしい。


 パシャパシャと写真を撮られるので、ビシッとポーズを決める。寝る前に厩舎の中で色々ポーズを考えていた甲斐があったぜ。パドックで披露しようと思ってたが、ここで見せてもいいだろう。


 「皐月賞一週間前となりましたが、調子はどうですか?」


 「調教は順調ですね。この調子なら間違いなく勝ち負けには絡めると思ってます」


 「打倒エンマダイオウを掲げてる陣営が多くあります。マークされる可能性もありますが、レース展開などは?」


 「エンマは後方に置いておいても最後に差し切れるだけの脚がありますからね。マークもあまり気にしなくていいかなと思います」


 ほほー。

 打倒エンマダイオウとな?

 俺はどうやら人気者らしい。もしかしたら1番人気というやつなのでは?


 そうだよね。これまで4回やって4回とも勝ってるんだもん。俺が1番でも不思議じゃないか。


 俺はうんうんと頷きながらドヤ顔をしておく。何故かまた写真を撮られた。


 「クラシック一冠目。皐月賞への意気込みをお願いします」


 「取りますよ。三つ。トリプルクラウンを目指せる馬です。期待してて下さい」


 トリプルクラウン? 三冠?

 あーなんか三冠王とか聞いた事あるかも。

 打率、ホームラン、打点だっけ? 野球みたいなのが競馬でもあるってことか。


 って事は最初の皐月賞は打率か?

 ホームラン、打点のところはなんだろな?

 ダービーとか走ってみたいんだけど。俺でも知ってるレースだし。


 まあ、負ける気は一切ないから、全部勝ってたらそのうち達成してるでしょう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ありがとう、ジャスティンミラノ。

 

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