第22話 それぞれの思い


 ☆★☆★☆★



 初のホープフルS勝利。

 ゴールした瞬間思わず年甲斐もなくガッツポーズしてしまった。エンマもびっくりしてたみたいだし、気を付けないと。


 「初のホープフルS勝利。今のお気持ちはいかがですか?」


 「とにかく嬉しいです。何回も挑戦させてもらってやっとですからね」


 「ゴールした後は珍しくガッツポーズもされてらっしゃいましたね」


 「はい。感情を抑えられなくて。それぐらい嬉しかったです」


 今まで勝利後インタビューは何度も受けてきたけど、今日のは格別だな。

 自分でもかなり興奮してるのが分かる。


 「レースは終始最後方から。折り合いはどうでしたか?」


 「エンマダイオウは非常に賢い馬でして。こっちがやりたい事を少しの手綱操作で理解してくれます。乗っててあんなに楽な馬はいないですね」


 「最後の直線は圧巻でした。上がり3ハロンは31.4。JRA史上最速タイ。物凄い末脚でしたね」


 「ええ。本当に飛んでるみたいでしたよ。正直まだ上があるんじゃないかと思ってます」


 最後の直線のエンマは本当に凄かった。

 昔に似たような馬に乗った経験はあるけど、それを思い出させるような。

 そんな末脚だった。


 「最後に何か一言お願いします」


 「はい。えー。次のレースはまだ決まってませんが、エンマダイオウの次戦も楽しみにしてて下さい。必ず勝ちます」


 「強気の発言ありがとうございます。ホープフルSを初制覇した滝ジョッキーでした」


 次のレースはクラッシック戦線になるのかな? それとも前哨戦を挟むのか。

 オーナーさんと誠一に話を聞いておかなきゃな。



 ☆★☆★☆★



 「あっさり勝っちゃったな」


 「勝った! エンが勝った!!」


 馬主席で呆れたように呟く。

 娘の舞は大好きなエンマが勝って大喜びだ。周りの迷惑になってないだろうか。


 「花京院さん、おめでとうございます。いやぁ、羨ましいですな。馬主人生初の馬がG1制覇とは」


 「あはは。ありがとうございます。自分でも出来すぎだなと思ってたところでして」


 周りの馬主さんに祝福の声を掛けてもらいながら苦笑いする。本心だ。本当に出来すぎだと思う。


 半ば勢いで馬主を始めて、あっさり新馬戦を勝利。2戦目で重賞制覇、3戦目でG1制覇だ。何がどうなってこうなったのやら。


 初めての馬だし、地方でも良いから元気に走って1勝でもしてくれれば。

 主流の血統から外れてるし、血を薄める役割で種牡馬として活躍してくれたらなと思ってた程度なのだ。


 それが偶々牧場に滝さんが訪れて、運命が変わった。決して優秀な血統ではないはずなのに、突然変異かとばかりに勝っていく。


 「パパ! 早くエンの所にいくよ!!」


 「ああ。そうだな。いっぱい褒めてやらないと」


 新米馬主の初めての馬なんて中央で1勝出来れば御の字。オープン馬にでもなったら、狂喜乱舞だ。ほんと、出来すぎだよなぁ。


 俺は早く行くぞとばかりに手を引っ張る娘を嗜めながらそう思った。



 ☆★☆★☆★



 「テキ! やりましたね! 一永厩舎から初のG1馬ですよ!!」


 「いや、なんだあれ。強すぎるでしょ。中山であの上がりで走っちゃやばいよ」


 「あれ? あんまり喜んでないですね?」


 「勿論喜んでるさ。でも、あっさり勝ち過ぎてちょっと信じられない」


 騎手から調教師に転向して早数年。

 早い段階で重賞は勝利出来たものの、G1は厚い壁に阻まれていた。


 そんな時にやって来たのが、新米オーナーブリーダーの馬。滝さんが惚れ込んで乗せてくれと直談判したらしく、当初はとても楽しみにしていた。


 そして滝さんの相馬眼通り、エンマダイオウは調教でも実戦でもその圧倒的力を見せつけた。


 しかし今のレースは、調教の時から実力が分かってた筈の俺でも信じられないぐらい圧倒的な強さだった。


 強いと思ってたし、8割ぐらいは勝てると思ってた。でも流石にあそこまで強いとは。


 「そうかぁ。G1勝利かぁ」


 遅れて何かが込み上げてくる。

 騎手時代に何度も勝利した事あるG1。


 しかし調教師は騎手の時とはまた違う嬉しさがある。


 「まだまだ夢を見せてくれそうだな」


 「テキはまずエンマに懐かれる所から始めないと」


 「お前が懐かれ過ぎなんだ」


 レースが終わったばっかりなのに、まだまだ元気そうに見えるエンマを見ながら、俺と牧瀬はエンマと滝騎手を迎えに行った。

 

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