第12話 レース後


 「プヒヒヒン」 (控えおろーい!)


 一等賞になったエンマダイオウ君のお通りだーい。レースは楽しかったぜー。

 思ったよりも疲れなかったしな。これなら明日にでももう一戦いけますぜ。

 お金を稼ぎたいし、是非ご一考下さい。


 「滝さん。ありがとうございます」


 「俺は何もしてないよ。エンマが全部やってくれた」


 「プヒヒヒン」 (そうだぞ。調教師の兄ちゃんは俺を褒めるべきだ)


 「スタートで出遅れた時は頭を抱えましたけどね」


 だからごめんて。馬にだって考え事をしてる時があるんだ。今度からは人気順を事前に教えといてよね。


 「でも末脚は凄かったよ。飛んでるみたいだった」


 「それは見てて思いましたね。多少の出遅れなら挽回出来そうです。まあ、遅れない事に越した事はないんですが」


 なんだなんだ。

 この調教師の兄ちゃんはネチネチと攻めてくるな。デビュー戦だぞ? 色々不測の事態があっても仕方ないだろう。

 嫌いになっちゃうぞ? 調教拒否しちゃうぞ? とりあえず軽く蹴ってやろう。


 「わっ! わっ!」


 前脚でガシガシやってやったわ。

 慌てて距離を取る調教師さん。

 ふははは。ざまあ見ろ。


 「あははは。エンマが怒ったみたいだね」


 「ごめんごめん。良く頑張ったな」


 「プヒヒヒン」 (それでええんや)


 俺は褒められて伸びるタイプ。

 勿論スタートの出遅れは反省してますが、いつまでも言わないでほしい。



 「プヒヒヒン!」 (ちびっ子だ!)


 「エーン!」


 その後なんか表彰式みたいなのがあった。

 そこでちびっ子にもう一度会えた。

 今回はちゃんと触れ合える距離だ。


 「頑張ったねー!」


 「プヒヒヒン」 (ちびっ子は大きくなったな)


 会うのは一年ちょっとぶりか?

 もう少し経ってるか? 馬になってから時間感覚が馬鹿になってるんだ。

 このぐらいの子は大きくなるのが早いなぁ。


 「エンマ良くやったぞ。俺も馬主初勝利だ」


 「プヒヒヒン?」 (どれぐらい稼げた?)


 勿論ちびっ子の親の俺の飼い主さんとお嫁さんも来てる。しっかりやってやりましたよ。


 1億ぐらい稼いだかな?

 俺が買って馬主さんにどれだけお金がいくのか分からないけど、これで少しはちびっ子の暮らしも良くなるかね? 着てる服とか、なんか滅茶苦茶高そうだけど。


 実はお金持ちとか? そこまで頑張る必要はない? いや、晴れ舞台だし見栄を張ってるだけかもしれん。やっぱりもっと勝って札束を咥えてこなあきませんな。


 「いやはや本当に人懐っこいですねぇ」


 「俺達にも懐いてくれてるけど、あの一家は特別だな」




 その後は記念撮影があった。

 その時はごねて俺の横にちびっ子を連れて来てもらった。隣で一緒に撮りたかったからね。カッコよく撮ってもらう為に、ビシッとカメラ目線で決めてやりましたよ。


 「エン、また来るからねー!」


 「プヒヒヒン!」 (次も勝つからなー!)


 その後はちびっ子一家とお別れして厩舎に戻った。また来てくれるらしい。

 これは次も絶対勝たねばなるまい。明日からの調教も頑張らないとな。


 俺はレースに勝ったからか、豪華な餌をもしゃもしゃしながらそう思った。

 りんごうめぇ。



 ☆★☆★☆★


 「まずは1勝ですね」


 「ああ。ホッとしたよ」


 一永と牧瀬は事務所でホッと一息を吐いた。


 調教段階から良い馬だというのは分かっていたが、競馬は走ってみるまで何があるか分からない。実際スタートで出遅れた時はヒヤヒヤしたものだ。


 「次は予定通り東京スポーツ杯ですか?」


 「ああ。そこも勝ってホープフルSでG1を取るのが理想だな。滝さんも唯一勝ててないG1だ。気合いが入ってるだろう」


 滝宇鷹はレジェンドジョッキーで、国内のG1をほとんど制覇している。唯一勝ててないのがホープフルSなのだ。順調に行けばそこにエンマダイオウは出走する。

 かなり気合いが入ってるだろうと、一永は笑いながら話す。


 「またJRAがG1を増やすかもしれませんよ」


 「あははは。あり得ない話ではないね。あ、エンマの様子はどうだ?」


 滝さんが国内G1を全制覇しようとすると、G1が増える。過去にもあったことだ。

 そうなったら、挑戦できるレースが増えて面白い事になると思いながら、エンマダイオウの様子を尋ねる。レース後も特に問題はなさそうだったが、厩舎に帰って一気に疲れが出る場合もある。


 「医師の話では軽いコズミが出るかもしれませんが、それ以外は異常無しと。レースも最後は流してましたし、まだ余裕がありますね。エンマ自身も美味しそうにご飯を食べていつものように寝てますよ」


 「そうか。それなら良いんだ」


 一永は報告に安心して缶ビールをぐいっと飲む。エンマダイオウは一永厩舎初のG1勝利を齎してくれるかもしれない。

 そう思うとこれからが楽しみで仕方なかった。

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