第8話 新馬戦に向けて


 「プヒヒヒン」 (お尻が痛い様な気がする)


 遠慮無しに叩きやがって。そりゃ俺だって覚悟してたさ。そろそろレースかなと思って色々脳内でシミュレーションしてた時に、そういえば競馬って鞭みたいなので叩かれてなかったっけ? って思ったんだ。


 あんまり競馬を見た事ないけど、痛そうだなーと思ってた。でも、それでも走り続けてるし、実はそんな事ないのではとも思ってた。


 で、実際自分がやられる立場になるとですね。なんかびっくりする。特に痛くはないけど、叩く人によっては痛い。最初は乗ってる人を振り落としそうになったよ。


 何回か練習を重ねて慣れたものの、びっくりするし、叩かれすぎたら痛い様な気がする。


 「プヒヒヒヒヒヒン」 (でも気合いが入るような気がするのも事実でして)


 そんな事を思いながら餌を食べる。

 もう草とかにも慣れた。なんか食べ続けてるとこれも美味しいって思えるんだ。

 たまにニンジンやら角砂糖が入ってたらテンションが上がる。なんか舌が敏感になってるのか、甘みをより感じられるんだよね。


 ただしレモン。貴様は許さんぞ。

 初めて食べた時は思わず、口の中から吐き出してプヒンプヒンと嘶いてしまった。

 刺激が強すぎるんだ。牧瀬さんに頭をぐりぐりして落ち着いたけど。

 俺はどんどんエロ馬になっていってる様な気がするな。


 「プヒヒン…」 (そういえば…)


 俺って競走馬を引退したらどうなるんだろ。大きいレースに勝てたりすると、種馬みたいな感じになるのかね?

 結果が出なきゃお肉だろうし。


 種馬になっても子供が頑張ってくれないとやばいかも? 走らないのに種付けなんてしないもんね。


 「プヒヒヒン」 (俺の精子は優秀なんだろうか)


 種付け料みたいなのもあるんだよね?

 いくらか知らないけど、それも100億のうちに入ってるんだろうか?

 一発10万円とか? 相場が分からん。


 凄い馬は年間で200回ぐらいやるって聞いたような? ヤリチンじゃん。

 俺もそれを目指そう。馬のおせっせは気持ち良いのか気になる。


 問題は俺のコエンマが勃つのかどうか。

 馬に興奮を覚えるようになる気がしない。

 でも草も美味しいって思えるようになったしなぁ。もしかしたら牝で可愛いって思えるのがいるかもしれん。


 薬とかで無理矢理発情させたりする可能性もあるか。それはなんか嫌だなぁ。

 目の前でAVとか流してくれたら普通に勃ちそうな気もするけど。そうしてくれないかな。



 ☆★☆★☆★


 「新馬戦は九月の阪神1800でいこうかと」


 「なるほど」


 とある日。

 一永調教師とオーナーの花京院が話し合っていた。

 議題はエンマダイオウの新馬戦。


 「調教は順調に進んでいます。しかし、少し馬に癖がありそうですね」


 「癖ですか?」


 花京院ははてと首を傾げる。

 エンマは人懐っこく、こちらの言う事を良く聞いてくれる。騎手にしても乗りやすい馬なんじゃないかと思っていた。


 「特定の人だけ嫌がる素振りを見せるんですよ」


 「嫌がる?」


 エンマは背中に乗せてて重く感じる人や、ムチで叩かれて痛かった人を乗せるのを嫌がっていた。その人しかいないと分かると、渋々乗せるのだが、そういう時は調教にもいまいち乗り切ってないように見える。


 「ええ。騎乗技術が未熟な人が多いですね。なので滝さんなら大丈夫だと思いますが、そこが一応の懸念点です」


 「それ以外は大丈夫という事ですか?」


 「はい。正直今のところ負ける未来が見えないぐらいの完成度です。これでまだまだ成長する余地があるんですから、凄いですよね」


 その言葉に花京院はホッとする。

 新米オーナーには一つ勝てるだけでも出来すぎだが、滝騎手があれだけ惚れ込んだ馬なのだ。

 意識しないようにしても期待してしまう。


 「新馬戦に勝てばそのまま東京スポーツ杯、ホープフルSで考えてますが、花京院さんはどうでしょう」


 「はい。まあ、あくまでも新馬戦を勝てればですけどね」


 とんとん拍子で話が進んでる事に、花京院は苦笑いをする。

 まさか初めて馬でこんな夢みたいな話をするとは思わなかったと。


 「勝ってこのままクラシック戦線に挑みたいですねぇ」


 「重賞に出走するだけで万々歳なんですけどね」


 そして二人で笑いながら話は遅くまで続いた。


 

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