第9話 栗東へ


 「プヒヒヒン」 (また移動? 今度こそレースか?)


 育成牧場からも移動してしばらくが経った。なんか他の馬と並んで走らされたり、ゲートの中に放り込まれたり。


 ゲートって意外と怖い。なんか狭くて。

 どこかしらに体をぶつけたりしそう。


 それと滝さんがまた姿を見せてくれるようになった。俺の事を忘れてなかったようで良かったぜ。何回か乗ってくれたんだけど、走りやすいのなんのって。これまでで一番気持ち良く走れた。レジェンドはやっぱり違いますな。


 そんなこんなをしてると、また馬運車に乗せられた。もう毎回レースかなって期待するのは疲れたよ。また別の訓練施設に案内されるんじゃないの?


 「プヒヒヒン!」 (人をダメにするクッションがないやないか!)


 馬運車の中には俺のお気に入りのクッションが無かった。これはいけない。俺はもうあれがないと寝れない体になってるんだぞ。


 「どうしたの、エンマ? 珍しく機嫌が悪いわね?」


 「プヒヒヒン!」 (牧瀬さん、クッション!)


 俺は寝床を足でガシガシして必死にアピールする。ほんと喋れないって不便だね。

 でも俺の必死のアピールは牧瀬さんに届いたらしい。


 「あ、クッションね。おかしいわね? 運んでおくようにお願いしたんだけど。ちょっと待ってて」


 流石牧瀬さん。俺のお世話係をしてるだけあるね。以心伝心が出来てるみたいだ。

 結婚しませんか? 当方馬ですけども、頑張って幸せにしますよ?


 その後、牧瀬さんが持ってきてくれたクッションをしっかりセット。

 程なくして出発した馬運車の心地良い揺れに、俺はあっさりと眠ってしまった。



 「プヒヒヒン?」 (まだ到着してないの?)


 起きてもまだ目的地に到着してなかった。

 なんてこった。俺の方が先に目覚めてしまうとは。やる事ないから暇になるんだよ。


 とりあえず餌をもしゃもしゃしながら、到着を待つ。どれだけ寝てたか知らないけど、今回の移動は長いな。これはレースを期待しちゃうぞ。もうやれる訓練は大体やったような気もするしな。


 そして到着。

 なんか前居た場所とそう変わらないような? 


 「プヒヒヒン?」 (俺より大きい馬が居るだと?)


 ほう。ここでも縄張り争いしないといけないのかな? こっちは相手がデカいからって、引きませんぜ。どちらが上かはっきりさせてやる。


 「今回の輸送は長距離だったけどどうだった?」


 「はい。いつも通り気持ち良さそうに寝てました。到着前に起きて餌を食べる余裕があったくらいです」


 牧瀬さんに連れられて周りにメンチを切りまくってると、調教師さんがやってきた。

 俺の姿を見て満足気に頷いている。


 「輸送に強いのはありがたいね。過信は出来ないけど、これも一つの武器だ」


 「プヒヒヒン?」 (レースは? レースはまだか?)


 なんでも良いけどそろそろレースさせてくれませんかね? 訓練で他の馬と自分の強さの比較は大体出来たけど、あくまで訓練。

 本番で実際に走ってみて、課題やらを見つけてそこから訓練したいんだけど。



 「プヒヒヒン」 (飯を減らされるとか聞いてないんだが)


 レースはまだかーと思ってたら、調教師さんの俺を見る目が段々真剣になってきた。どうやらここは、他の歳上競走馬さん達もいっぱいいる栗東という場所らしい。

 滝さんも俺に乗る機会が増えてきたし、これは本当にそろそろレースなのではと思ってたんだけど。


 俺が餌の入ってる箱を鼻でカラコロと揺らして餌を催促するけど、牧瀬さんは申し訳なさそうにダメと言ってくる。


 「もうすぐエンマのレースなのよ。体を絞っていかなくちゃいけないの」


 ほう。やっぱりレースだったのか。それは嬉しい。だけど飯を減らすのは頂けない。

 俺はまだまだ成長期だぞ? 今食べないとおっきくなれないと思うんだが。

 もしかして大き過ぎる馬もよろしくないのかな?


 「プヒヒヒン。プヒヒヒン」 (お腹が空いて力が出ない。アンパンマ◯症候群になっちゃうぞ)


 馬になってから飯が唯一の楽しみと言っても過言じゃないのにね。

 はぁ。レースを楽しみにしてたけど、飯を減らされるなら考えものだな。


 

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