第5話 冬が終わって


 「寒くないでしゅか?」


 「プヒヒヒン」 (可愛いなー)


 そろそろ冬が終わる。俺は一歳になった。

 どうやら馬は何月生まれとか関係なく、正月に一つ歳を取るらしい。


 冬の寒い時でも二日に一回は様子を見に来てくれたお兄さんの娘さん。

 舞ちゃんって名前らしい。この前自己紹介してくれた。可愛い。俺もエンマですって言っておいた。伝わってないだろうけど。


 牧場には新しい馬が来たらしい。

 らしいってのは俺とは別の所に居るからだ。なんか一緒にしたらダメなんだって。

 先輩風を吹かせる気満々だったのにさ。


 「プヒヒヒン」 (一人で走るのも飽きてきたな)


 俺の毎日のルーティンは変わってない。

 ひたすら同じ事を繰り返してるけど、流石にそろそろ飽きてきた。競走馬デビューっていつなんだろう? 俺はもう準備万端なんだが。


 あ、そういえば人を乗せて走った事ないな。そういう練習もするんだろうか。

 いきなりぶっつけ本番って事はないだろうしな。


 「プヒュヒュヒュン」 (って事はまだかー)


 比較対象が欲しいね。自分では良い感じに鍛えられてると思うけど、それがどの程度なのか分からん。並んで走ったりした時の走り方なんてのもあるんでしょ?

 ひたすら一人はきついですよ?




 そんな事を思ってからしばらく。

 なんか訓練が始まった。


 俺の背中に椅子みたいなのを置いたり、変なのを噛まされたり。

 俺は言われた通りにやってるだけだけど、厩舎員のおっちゃん達はおおげさに褒めてくれる。


 「エンマは全然暴れないな。楽で助かる」


 「プヒン」 (せやろ?)


 もっと褒めても良いんやで? 俺は褒められて伸びるタイプなんで。調子にも乗るけどな。人間の知能があればこんなもんちょちょいのちょいよ。


 お前達も俺が頑張ってお金持ちにしてやるからな! 楽しみに待っててくれ!

 俺が活躍しておっちゃん達の給料が上がるかどうかは知らんがな!! がははは!



 ☆★☆★☆★


 「ふぅ」


 「お疲れ様」


 「しゃまー」


 「ああ。ありがとう」


 ようやくエンマの諸々の手続きが終わった。預ける厩舎も決まったし、もう少しでトレセン行きだ。


 「あっという間だな」


 「そうね。エンマちゃんが生まれたのがまだ昨日の事みたいに感じられるわ」


 以前から興味があった、念願の馬主になってからの初めて馬。

 元気に走ってくれれば。それだけで良い。

 そう思ってたんだけど。


 「まさか滝騎手が乗ってくれるとはな」


 「それよりもこんな牧場に来た方が驚きよ」


 どうやらエンマは凄いらしい。

 俺も牧場を買い取るとなってからは、色々な所で勉強したが、それでもまだまだだ。

 最近ようやく馬体が大きくなってきて、凄いのではと思い始めたくらいで、滝騎手の様にあの時点では分からなかった。


 「暇さえあれば走ってるもんなぁ」


 「あの子の寝方って凄いのよ」


 エンマは人間の様に横になって寝る。

 初めて見た時は何か怪我でもしたのかとびっくりした。いびきをかいてて寝てるだけと分かって安心したが。


 「重賞とか走るのかな」


 「どうかしらね? 滝騎手はああ言ってたけど、まだ分からないわ」


 滝騎手は初めて見た時に、凱旋門を勝てると言っていた。滝騎手を疑う訳じゃないが、流石に信じられない。

 凱旋門勝利は日本競馬の夢といっても過言ではない。それを零細血統のエンマが勝てると言われてもな。


 「G1を一つでも勝ってくれたら御の字だ」


 「そうね」


 それでも新米馬主には過ぎたる夢だ。

 しかも初めての産駒。重賞を勝つだけでもやり過ぎなくらいだろう。


 「寂しくなるなぁ」


 「舞も懐いてたしねぇ」


 妻の腕でウトウトしてる愛娘を見る。

 この子はエンマとあっという間に仲良くなった。毎日の様に牧場に行って、エンマを労うように撫でるのだ。


 気性が荒い馬ならそんな事は出来なかったが、幸いエンマは温和で人懐っこい。

 舞にもされるがままにされていた。


 あの毎日元気に牧場を走っていたエンマを見れなくなるのは寂しくなる。舞もぐずるかもしれないな。


 「怪我なく元気に走ってこい」


 俺達も精一杯サポートするからな。


 

 

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