第3話 出会い


 お兄さんがお嫁さんと思われるであろう人に呼ばれて行ってから、俺とママンは軽く走っていた。

 やっぱり途中で坂になってるとこがありやがる。

 最初は気付かなかったけど、坂の所はちゃんと柵で区切られていた。坂にしてるのは意味があるって事だろう。


 とりあえず坂は疲れるのでまた今度にするとして、俺は平坦な道をタッタカ走っていた。

 本能で走り方が分かるとはいえ、俺には人間の知能がある。何か効率的な走り方はないかなと模索しながら、それと前を走るママンを観察しながら頑張る。


 「プヒヒン」 (疲れた)


 とはいえちびっ子の俺はすぐにバテる。

 出産したばかりのママンにも勝てない。

 疲れたよと嘶いて走るのを中断。すると、ママンは俺の近くで草をもしゃもしゃし始めた。


 「プヒヒヒヒン」 (あー馬だから草を食べるよね)


 果たして美味しいのだろうか。味覚は変わってるだろうが、元人間として抵抗がある。

 そのうち慣れると思うが。ママンのおっぱいも普通に飲めてるしね。


 その後も少し走っては休憩。少し走っては休憩を繰り返して、段々と走るコツなんかを掴み始めてきた時。


 「エンマ! エンマー!」


 お兄さんともう一人、新しく男が追加されている。とりあえず呼ばれたなら行かねばなるまい。

 しっかり媚を売って、結果が出せなくても養ってやるかと思って頂かねば。賢い馬なんて、どこかに就職先ありそうじゃないです? 殺されないなら、どんな仕事でもやりますよ。


 「プヒヒン」 (なんや?)


 むっ。この人見た事あるぞ。競馬に詳しくない俺でもテレビで見た事がある。

 確かお金持ちの騎手の人。名前は滝だったかな? もうけっこうな年齢だと思うけど、未だに馬に乗り続けてるんだよねぇ。


 「エンマ。この人がな。お前に乗りたいって」


 ほう? この有名人が? 俺に?

 なんでだろ。こういう人って放っておいても依頼とか舞い込んでくるんじゃないの?

 まぁ、俺に目を付けるのは素晴らしいね。

 なんたって100億稼ぐ牡ですから。多分。

 承ったって神様的なサムシングは言ってたからそうなはず。


 「うん。やっぱり良い馬ですね」


 「そうですか? うーん…。私にはまだ分かりませんね…。まだまだ勉強不足です」


 俺を遠目で見ながら滝さんはうんうんと頷く。

 俺も思わずうんうんと頷く。良い馬でしょ? どこで見分けるのか知らんけど。有名人が言うくらいなんだから多分そうなんでしょう。


 「エージェントを通してもらう事になりますが、それは私からも言っておくので--」


 「厩舎はもうお決まりですか?」


 そんな事を考えていると、俺をそっちのけでなんか難しい話をしてらっしゃった。

 俺はもう用済みですか? お腹が空いてきたので、ママンの所に向かっても?

 さっきから心配そうにこっちをチラチラみてるので、早く行ってあげたいのですが。


 「プヒン」 (まぁ、いっか)


 何か用があったらまた呼ぶでしょ。

 そんな事を思いながら俺はママンの元に駆け寄ってお乳を頂いた。

 うむ。多分美味い。いまいち分からん。





 「プヒヒン」 (む、この辺はイマイチ)


 どうも。草ソムリエのエンマです。

 俺は無事に乳離れに8割方成功して、最近では馬房で出されるエサの他に、牧場に生えてる草をもしゃもしゃしています。そのお陰で馬体は順調に成長して行ってると思う。お兄さんが満足気に頷いてたし。


 それでもたまにママンのお乳を飲むんだけど。

 なんかあれがダイレクトに栄養になってる気がするんだよね。気持ちの問題だろうけど。


 「プヒヒヒヒン」 (よっしゃ! 走るで!)


 今日も草ソムリエとしての日課を終わらせて運動タイム。最近はママンが放任主義になってきたので、一人でタッタカと走る。

 俺とママン以外に馬がいたらもう少し管理されるんだろうか。お兄さんとかにもかなり放置プレーされている。


 「プヒヒン」 (やっぱり坂は疲れる)


 坂と平坦な場所を交互に走る。

 疲れたら休憩。走る距離も段々伸びてきたから、スタミナもついてきたんじゃなかろうか。


 「エン!」


 原っぱで休憩をしてると、施設のある方から声が聞こえる。最近ではお馴染みの声だ。


 「プヒヒン」 (今日も来たか)


 多分お兄さんの娘さん。

 最初はジッと見られてただけなんだけど、一度俺の鼻を撫でてから慣れたのか、毎日の様に顔を見に来てくれる。


 「頑張ってまちゅか?」


 「プヒヒン」 (可愛いなぁ)


 母親にだっこされて、俺の鼻先を撫でる娘さん。

 天使の様な可愛さに思わず目を細めてしまう。


 「懐いたわねぇ。仔馬は扱いが難しいって聞くけど」


 「早く大きくなるんでしゅよー」


 「プヒヒヒヒン」 (バリバリ稼いできますぜ)


 他に馬も人も居ないし、もしかしてこの牧場って貧乏なのではと最近思ってきた。

 牧場は経営が厳しいって聞くし、ここもそうなのかもしれんな。ここは俺がしっかり稼いでこねばなるまい。この天使に苦しい生活はさせてはならぬ。


 「プヒヒヒヒン」 (でも他に馬はもう少しいて欲しいなぁ)


 毎日走って訓練してるつもりなんだけど。

 果たしてこれで合ってるのか。他の馬の走り方とか馬の訓練を見てみたいね。

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