第29話 Earthのメシアとハンドラー

***

「いや、だからね」


『……理由は全部報告書で出せばいい。僕が言いたいのは、何故飛鳥葉菜にツインソウルだと告げたかだ!』


「もどかしいからだよ」


 伯井ははっきりと言う性格だ。ランドルの矢の攻撃に毅然と言い返した。


「ツインソウルは奇跡だ。Rubyとphantomに別れた魂が出逢ったんだぞ。エンジニアの俺でも感動するね。そして、それがトリガーかも知れないじゃないか」


『本気であの二人がAIに勝つと? 古代からのエゼキエルの闘いに終止符を打つと思っているのか』


「あの二人じゃないな」


『では誰と誰……』


「あなたと、飛鳥が、だと思っ……切られた……」


 頭痛の種を増やすのは、火の星座故か。伯井は通信機を消すと、空を見上げた。


「全てがAIに管理された、ヒューマンか……ディストピアにもなりゃしない」


 ここがもし地上だと思う気になれば思える。地球はフラットか球体か……そんな論争が繰り広げられた時代もあっただろう。結局は実物ではなく、捉え方なのだ。


 目に映る全てがサインであるか、それとも変哲のない風景の一旦であるのか。個人の認識によって違う。


「……スターリヴォアはまだ遠い……ルシフェラス因子のせいか」


 禁忌の言葉を口にして、伯井は二人の待つフードコートエリアに向かうのだった。


******


「……飛鳥の「お食い初め」、終わりか。……ヒューマンも奥が深いな」

「ん?」


 目の前で一口食べてはじーんとしている飛鳥の頬を撫でた。ランドルが見せたヒューマンのあるべき姿を思い出す。


 とても柔らかい頬だ。指に吸い付くような感覚は覚えがなかった。


「phantomに来て、良かったんだ。飛鳥。俺は何かしているとふっと色々「浮かぶ」んだけど、今は「必然的」と浮かんだ。きっと、何かのレールがあるんだよ。だから、ここにいて、飛鳥もヒューマンになって……」


 変だな。

 涙が出て来る。


 飛鳥の「シャボン玉」が割れたと同時に、蒼桐の何かも割れたのだろうか。蒼桐もまた、両目の眼がしらを指で押さえた。じわりとした濡れる感触がする。


(飛鳥がヒューマンと聞いた時、俺は思ったんだ。たったひとり、ヒューマンで受け入れたと思っていたけれど、本当は絶望していたんだ。……ランドルのことより何より)


「わ」

「おまえが、戻って良かった……」


 柔らかい頭を引き寄せると、飛鳥も「ん」と頬に熱を上げ始める。押さえつけた胸板の辺りがほんのりと温かい。


「でも、私……」


 蒼桐は目を閉じた。――たった独りで孤独に泣くよりはまだいい。飛鳥の自由にしてやりたい。そんな気持ちが沸き上がる。


「ランドルが好きなんだろ」


「分からないよ。でも、気になってた理由は分かった。魂が惹きあう。でも、あの人は私を拒絶した。そして夢に来て、蒼のお兄さんの封書を出せって。それは持っていると危険だからって。……分からない人」


 饒舌な飛鳥は珍しい。アルビノは珍しいし、魅力的だ。それだけではなく、ツインソウルで軍部の上司。


 ――飛鳥には、rubyよりこっちのほうが合っている気がする。


 どこで生きようが自由だ。


「ランドルは軍部の中でも、謎が多い。ダブル、というわけではないだろうけど」


「あ、伯井さん」


 席を外していた伯井が戻って来た。


「そのランドルがお怒りでね。奴はこの世界の救世主には向いてないな。蒼桐、きみがやるかい?」


 飛鳥を抱き寄せたまま、蒼桐は眉を寄せた。


「あの、救世主って何ですか」


「サバイバルEARTHのハンドラーと言えば良いか。この世界は、光と闇で分かれているそうだ。俺は信じていないけどな。遠き昔に、神々がゲームを始めたとさる人から聞いてね」


「ナッシュゲーム理論……俺の父が良く言っていました」


 伯井は頷いた。窓の外はすっかり星空溢れる夜に巻き上げられている。Phantomに来てはやくも一週間。


 ――やっと、兄貴の件や、核心に触れて来た。


「では行こう。飛鳥ちゃん、食べられたね」

「あ、はい……美味しかった……です」

「それは良かった。そうそう、二人に約束がある。これから行く国家深層部サーバでは振りむいてはいけない。電磁波の海に飲み込まれるからな。我々はサーバの中のボッドに入る」


「……はい。父に聞いたことがあります。次元がアヤフヤだから、飛ばされると」


 伯井は「さすがは次元装置転換の生みの親」とまたしても重く呟くのだった。



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