第26話 夢と蒼い怒り
phantomの構内図を改めて確認すると、敷地内はrubyに似ているが、中央に公園があったり、遠くには宇宙船の発着所に、ワームホームがあったりでちょっとみるとテーマパークみたいに見えた。
蒼桐と飛鳥はつかず離れず、でも安心する距離感と言うことで、少し離れて歩いている。
「……空が違うね」
「まあな」
「蒼、そればっかり」
研究の高度さは、建物のセキュリティーで分かる。
「そういえば、兄貴もここに通ったらしい。……母が言っていたんだ。飛鳥」
「ふうん?……ねえ、蒼、何か気配がするんだけど」
飛鳥がしきりに気にするので、蒼桐は飛鳥を置いて少し見回ることにする。しかし、気配と言っても、生徒がたくさんで、特定できそうにない。
「……ここでは普通にしていていいはずだから、狙われたりはしないだろ」
「ならいいけど。ねえ、次はランドルにいつ会える?」
飛鳥は口を滑らせたようだが、蒼桐は(ランドル?)と気がついてしまった。ランドルはツヅゴウのファーストネームだ。
――……まさか、逢ってる?
まさかだ。飛鳥は夜は部屋にいるし、抜け出すには管理パスワードが必要だが、それは隣の部屋のAIとの接触が居る。AIを騙して部屋を出ることはできない。
「……飛鳥、今ランドルって」
「あ」
「んな気安く呼べる相手じゃないって。相手はphantomの政府高官……軍部の司令長官だぞ。なんだよ、ああいうのがタイプ?」
――言い過ぎた。ちら、と視線をそらせる前で飛鳥は「夢で見てるの」とぼやいた。
「蒼、聞いてくれる?」
*****
飛鳥の夢の話を総合すると、こうだった。phantomに来てから、毎晩のようにランドルと会っている。しかし、どう見てもランドルは若くて、飛鳥と同じより年下の少年なのだそうだ。その手を引いて、飛鳥は廃墟を歩く。延々と歩いて行く。その合間に、ランドルは色々な話を聞かせてくれる。大昔の銀河系の話、地球の話。
「そこで、わたしはGAMEをするの。ランドルとどっちが増やせるかの波動ゲーム?変なの。地球EARTHなのに、丸くてね。地下じゃないの」
――ゲームをしよう。
だいたいそこで夢から醒めるのだそうだ。
醒め方は色々だ。大きな龍が襲ってくるような黒い波動と磁気嵐で自分の体が解けたり、膨大光で目覚めたり。夢にはランドルだけが出て来る。
飛鳥は饒舌に続けた。
――まさか、伯井はこれを知っていた? 彼女が夢でランドルと毎晩会っているとしたら、俺の立場はどうなるんだ。
「……飛鳥、もしかして」
「わからない。私にそんな感情はないはずだから。AIハーフが恋したなんて」
言葉を途中に、飛鳥は口元を手で覆った。「色々なデータに強力してもらうよ」伯井はそんな言葉を言っていなかったか?
飛鳥の突然の告白に、蒼桐は言葉が出なかった。
「伯井さん....! 知ってたな!!」
デートなどどこへやら、怒りを抑えながらphantomの構内に引き返した。ところで、警備ロボットの多さが目についた。
「ちょ、蒼、デートは?!」
「いや、問いただそうと思って……! 夢で毎晩会ってるって。言っていたんだ。色々なデータに協力して貰えれば兄のことを教えると!全然そんな気配がないことに気付いた!教える気なんか無いんだろう」
「また悪い癖!落ち着こうよ。……rubyから助けてくれたのは事実だもん」
それはそうだ。
蒼桐はす、と足を止めた。違う。多分、夢で会ってることにイラついただけだ。
空はゆっくりとオレンジ色に染まり始めている。やはり、どことなく古代のrubyに近い。こういう時は、図書館だ。本の虫になって、閉じこもろう。そうだ、それがいい。
「どこへ行くの」
「図書館に籠ろうと思って。……お互い頭冷やす……何かあったのかな」
目の前を爆走していく空中バイクの数が多すぎる。飛鳥は蒼桐の横に隠れた。
「なんか、見られているね」
「さっきからなんだ、見られてなんかいな……」
視線を感じる。壁と、屋根と、柱と……目が見えた。どう見ても「忍者」だ。
……ホログラムなんかしかけやがって!
再び怒りが再燃した。
****
「蒼ってば! すぐそうやってかっかするんだから! あ、すいません。あの伯井さんどこにいるのか知りませんか?」
「伯井? そんなの居場所アプリで探せるでしょ」
通りすがりのおじさんに笑われて、飛鳥は慌ててPadを引っ張り出した。軍部にいたらどうしようと思ったが、伯井はどうやら屋上らしい。ワームホールエレベーターですぐに行ける。おおかたまた「ヒューマンrubyのデータ収集」として一番見える位置にいたのだろう。
しかし、問題があった。
飛鳥はAIハーフの教育でワームホールは使えるが、蒼桐は使えない。波動を掴むことに慣れていないので、最初も酔いそうになったのだった。
――と、すると……?
「こんにゃろー!階段で行ってやる! 屋上にいるんだよな!」
こうなると止められない。飛鳥ははあ、と肩を落とした。
******
やたらに高い塔の階段は全部で28階。途中でアームズが「ワームホールのご案内」と送ってくれたし、踊り場にはそれらしいパーツがあったが、ヒューマンは足で来いと言わんばかりに動かなかった。
途中で飛鳥に抱き着いて連れて行ってもらう手があったと思ったが、それも嫌だ。
兄の死を知るんだと、ここまでやって来たのに、完全に手玉に取られている。
――動かないと、何もはじまらないよ。
そんな優しい声が聞こえたのは気のせいか。「もう無理!」と21階で引っ繰り返った。吹き抜けの天井からは夕陽の輝きだけが入って来る。rubyにはこんな高い建物はない。どこからか入って来る風も心地よい。
『……颯』
風の名前はなじみが良い。目を開けると、真っ黒の少年が頭の上に浮かんでいた。
『すべては、同じものなんだよ』
は?
また、白昼夢だ。蒼桐は空を見上げていた。少年はやんわりと続けた。
『ゲームオーバーは君が決めるんだ。アスカから、ランドルを取り返した方がいい』
「誰」
声を上げると、そこはただの階段の踊り場だった。
「あと、10階……ああ、ワームホールが使いたい!」
突然ふわり、と身体が浮いた。壁に在った監視カメラのような器具がこちらを向き始める。
『……登録認証を確認しました』
真っ白な透明パイプが空間を切り取った。それは絡み合って、複雑な磁場となった。中央には青光りした光の噴水がある。あっと言う間に吸い込まれた――。
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