第25話 兄の真相とデート
サーモグラフィック、空間ベクトルデザイン、インラクティブの指先操作....
phantomの先進的なシステムの数々に、声が出ない。どこまでも驚かされた蒼桐だが、校内で伯井を見かけたことで、本命を取り戻した様子だった。
すなわち、彼の兄の死の真相である。
「しつこいねえ」
「俺はその為に来たんです! 生きているなら、何度言われようと、真実を知りたい」
「……おまえ、殺されるかもしれないよ?」
すっかり教師面の伯井は嘯くと、「まあ、それはないだろ」と呟いた。まだ蒼桐にはランドルと飛鳥の魂のことは言えない。だが、飛鳥の様子を見ても、惹かれあっているのは明らかだった。
少し、面白い。上司の恋愛のデバガメ。
……なんてことは言わないとして。
「……真実を知って、どうするつもりだ」
見晴らしのいいテラスで、蒼桐と伯井は再び向かい合っている。時間は緩く、小刻みに流れているような感覚だった。ランドルと伯井の会話を蒼桐は知らない。ましてや、飛鳥とのツインソウルのことも知らないのだろう。
phantomの政府機関の上官司令長官と、自分の彼女の魂が同じなんて聞けば、この青年の何が蠢くか分からない。ハートセンターは未知数だ。
「きみに、テストをしよう」
「え?」
「rubyではデートもままならなかった様子だ。rubyは接触を嫌うからね。午後は、飛鳥ちゃんと思う存分デートしたまえ」
「……本気で言ってるんスか」
「超、本気」
喜ぶかと思ったが、蒼桐にとっては驚きのほうが強かったようだ。彼女と思う存分、という言葉が強烈過ぎたか。いやいや、昔のヒューマンは自力で出産をして、子供をそだてたという。その前段階の性交渉は……AIが最も嫌うものだ。
大昔に、ヒトは奴隷だった時期がある。
この地球の地下にある資源を掘り出す泥人形として。適当な神様アヌンナキが「勝手に増えろ!」と生殖を教えたがはじまり。
AIかヒューマンか……戦争の引き金になったのは、二人の男女だった。深く愛し合う波動がAIの嫌悪感を直撃、そしてその男女は極刑を受けて、波動1DBも残さない量子分解の実験台になって消えた。
その時の世界は大分岐だった。
ヒューマンの持つ霊力は遥か次元まで及んだという。ネクストゲートウェイをひっくり返す手前まで。闇を封じる直前だった。
(もし、その男女が勝っていたら今のAIの地下世界は無かったのかも知れない)
いつかランドルは告げた。
伯井、それは絶対に根絶しないといけない最期のアカシックレコードだ――と。
ランドルの言葉が気になる。だから、それとなくヒューマン同士でテストをしてみる。結果次第では、二人を処さなければならないだろう。
AIたちは見逃さない。またヒューマンの攻撃が始まったらどうなる。
「伯井さん、マジで言ってるんですか。警告システムがあるじゃないっすか」
「管理承認した。好きにしろ」
好きにしろって……背後での呟きに、伯井は背中を向けて、蒼桐をターゲットに指定する。
rubyが隠したかった本当のヒューマン二人の姿が見られるかもしれない。
エンジニアとしての純粋な興味だ。他意はない。
*****
「えっ」
「えっ、じゃない。デートしようって言ったんだよ。飛鳥、何やってるんだ?」
「びっくりして、体温が上がり過ぎちゃったのよ」
キャンパスの待合広場で、飛鳥とphantomのランチを頼んでみた。飛鳥はAIハーフのセットを、蒼桐はおススメプレートを持ってテラスに向かう。
日当たりのいいウッドデッキに、パラソル付きのテーブルセット。また猫になって昼寝に良さそうなお日柄である。
「午前中は、軍部講義に出てみたの。んと、ホロ映そうか」
「便利だよな、それ」
AIなので、記憶をスクリーンに映し出せる。飛鳥目線なので、講義の内容が良く分かる。どうやらAI教育についてと、量子学を学んできたらしかった。
rubyの戒厳的なスケジュールと違って、phantomでは自由に科目をセットできる。予約をすると、センターが直接番号と部屋を伝えてくれて、その場で受けられるのも嬉しい。
量子については、分子からの流れと、本来の物質形成の構図を研究したレポートで、興味深かった。
「へえ、同じ元素で出来てると思ってた」
「エレメンソで違うみたいね。調べてみたらね、わたしは火で、蒼は水なの。煽られちゃうね」
「……そうなんだ。楽しい?」
「うん」
良かった……と思う気持ちを噛み締めつつ、(これ、デートじゃね?)と思い返した。今更デートしろと言われても難しい。
「行きたいところあるか?」
一応聞いてみる。飛鳥は「ここ」と早速郊外のショッピングモールを指した。「え? 買い物?」と聞き返す蒼桐に頷いて見せる。
「でも郊外だろ。出ていいのかな……一応俺らゲスト扱いなのに」
「ぎりぎり構内なんだけどね。じゃあキャンパスの中でもいいけど……ねえ、なんで急にで、デートなんて言うのよ」
「伯井の命令」
そっけなく答えないとやりきれない。伯井とランドルが何かデータを欲しがっていることは聞いた。
rubyから抜け出した人間が少ないのか?
「兄貴の真相を教える代わりにデートして来いって。何を企んでるのか」
「単に、お気遣いだと思うけど」
「phantomだぞ? しかも軍部。rubyに戻れなくなるのは困るだろ……」
言いかけて、あの次の父母の待つ家を思い出した。別に困らないだろう。オリジナルではない。誰か、壊れたヒューマノイドが洗浄されて回されただけだ。
魂も何もない人形との暮らし。
それがずっと当たり前だと思っていた。
「困らないか。飛鳥、聞きたいんだけど、おまえ、あのラン……」
「あ! 進化水族館がある! ここならどう?」
「ああ、そこなら」
飛鳥はほっとしたようにプレートを突き始めた。気分だけの食事だ。栄養は全て体内で出来てしまうAIにはそもそも食事は不要だが、ヒューマノイドが気分を上げる方法として用意されている。
――だが……
「飛鳥」
いちかばちか、自分のフォークを差し出してみた。トマトペーストの掛かった細切れの魚を白ワインで蒸している。
飛鳥がヒューマンなら、嫌がらないはずだ。
「……口開けて」
「私、消化器官ないんだってば」
――飛鳥は洗脳されているだけだ。rubyに……。以前の疑問が沸き上がった。
「AI戦争でヒューマンは一気に消えた。その後AIによる進化促進がスタート。では、そのヒューマンたちはどこへ消えた?」
答が近い気がする。
そうして、その近くに兄が居る。そんな気がしてならなかった。
「言ってたんだ、ランドルが。おまえはヒューマンだって」
「違うってば!」
「だから、試してる。ヒューマンなら……」
はっと目が合った。飛鳥の眼は潤んでいて、AIハーフなんかじゃない。しかし、確実におびえていた。
「違う……私はAIハーフだよ。でもね、子供は作れ……」
「やめよう、この話題」
ぐったりして二人で口を紡ぐ。そう、もし、飛鳥がヒューマンなら、ランドルが言う男女の触れ合いも可能だろう。
もっとrubyが嫌う行為も。
それがAI戦争の火蓋になったのかも知れないが、いっそランドルと交渉すべきかもしれない。
夏休みは終わって行くのだ。
また、灰色のrubyに戻る前に、何かを掴まなければ戻るに戻れない。しかし、rubyに戻れるのだろうか。
「蒼」
「ん?」
「もし私がヒューマンなら、どうしたいとかあるの?」
水を噴いた。そうだ、AIハーフは心を読めるんだった。お得意の思考を閉じてみたが、飛鳥は頬を赤らめていた。
しかし、その思惑は全然違うのだと、蒼桐はまもなく知ることになった。同時に、兄の託した内容も、全てが明らかになるのはすぐだったのだ――。
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