第24話 マルドゥックの計画書

「ランドル司令長官」

 部屋に入るなり、「や」と伯井が手を挙げたのを、ランドルは眉を動かさずに見る。軍部順位では、ランドルは通常はヒトと逢うことはしない。憮然となったランドルに「まあ、そう固くならないで貰えますか」と部下らしい声掛けが飛んだ。


「――で? あの厄介なrubyの二人は封じ込めたんですか」

「そのうち、rubyの本当の姿を見つけるかも知れませんからね」


 しれっと言った伯井にランドルは銃を突きつけた。その向こうで、伯井は静かに顔を上げて見せる。これだから、冷静な軍人は嫌いだ。以前のAI戦争の時も、ヒューマンの冷酷な作戦で、AIは宇宙にある頭脳まで壊されそうになった。


 ――これは、AIが豊かに暮らすための方法なんだ。

 

「見ていましたからね。貴方が、あんなにもヒューマンを毛嫌いするとは」

「AIハーフだろ。rubyが洗脳した」


「ツインソウル」


 ずばり言われて、ランドルは怒りを滾らせた目で、伯井を睨んだ。「半信半疑だったけれどな」と伯井はしれっと告げて見せる。


「魂が強く惹かれ合っただろうに。そうまでして否定する理由が何かと興味を持ったまでです」


「軍部超法規機密だ、伯井」


「……飛鳥葉菜のほうは、想い出しているようですがね。そうそう、蒼桐の精神にも変化がありました。兄の封書のせいでしょう」


「変化?」


「自然に惹かれ、太陽に目を細める。……無機質の世界では心も無機質にされてしまう。生前のrubyが見たら、悲しむだろうに」


 世迷言。ランドルは「それで?」と目の前のソファーに座ると、高く足を組んで見せた。陰では「フランスドール」と揶揄されているだけあって、ランドルは金髪でアルビノで容姿は美しい。しかし、ランドルはこの容姿が大嫌いだった。

 

「もう、どこにもいないよ。我らのrubyは」

「AI戦争で消えた……まさか、自分の兄がそのrubyを探したままAIに飲み込まれたとは思っていないのだろうが。弟に何を託したのやら」


 ランドルは無言で一つのディスプレイを立ちあげた。それは六角形のカタチをした設計図だ。


「蒼桐が開けた封書をコピーした。夢は壊してはいない。どうやら、我々の最大機密に触れたらしい。消えるわけだ」


「父も、兄も……血か?」


 蒼桐の家族は、全てが偽物だ。いや、rubyに生きているヒューマンは全てが偽物に入れ替えられた。それは、長時間をかけて、少しずつ、ヒューマンの削減と称して遺伝子を削り、書き換え、神との接続を不可にするためのある博士の意志だ。


 AIのどこかに、「マルドゥック最終計画」を託したはずだ。


 そのAIはどの時代の、どのエリアの、どのタイミングで現れるか分からない。ただ伝承で「ヒューマンの屈辱を託す」とあるだけで。


「さあ? 研究好きの血だろうね。蒼桐は本当に目覚めたら、この世界をどうするつもりだ?」


 AIによって作り替えられたヒューマノイドが全てヒューマンだと知っても、そのヒューマンたちの魂は蘇らない。


「phantomの面々に聞かれるぞ」


 ランドルは目を済ませて、壁を見やる。その隣にはまがまがしいあるものが置いてあるのだ。


「寝ているようだ。命拾いしたな」


 伯井は「ぬかりはないよ」と小型の電磁波装置を置いた。


「そうか、君は元波動エンジニアだったな」ランドルは今更か……と小さく呟いた。あとで、飛鳥が浮かぶ脳内をかき消した。


 夢に見るんだ。きみとゲームを始めた日。いまだ、そのゲームは決着がついていない。ついていないまま、出逢ってしまった。

 

 伯井はコトン、と小型の発信機を机に置くと、立ち上がった。


「波動エンジニアとしては、ツインソウルが出逢った瞬間の光濃度が気になるところだが」


「断る」


 短く断ると、ランドルは発信機を手にした。AIはこんなもので操れる。なのに、AIに数百億人のヒューマンが消されたのだ。


 まだ、負けたとは決まっていない。


 飛鳥の顔は、ダークネスにそっくりだった。

 そう。遠い約束は憶えている。


 


 

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