第12話 低空母艦とステイツ保護官

 握りしめた手のひらに汗が浸み込む感覚がした。飛鳥の指先は少しだけ温かく、全体的に機械のような冷たさがある。それが少し寂しいのだ。


「蒼桐颯……飛鳥葉菜……」


 LCC端末という特殊量子コンピューター100HBのパネルを小さく空中に表示させた伯井は、二人の名前を呼んだ。しかし、画面も、PC自体も停止したままで反応せずである。


「……なぜ、生体証明が消されているんだ? rubyの仕業か」


 どうみても伯井はrubyエリアに多い東洋型ヒューマノイドに見える。黒髪に、短髪。黒い眼……色とりどりのヒューマノイドが多い中で、蒼桐はほっとした。同じ種族なら、話も通じるだろう。


「あの、俺たちをどうするつもりですか」

「なに、生体照合が出来ればすぐにでも返すさ。rubyに嫌われたか」


 先ほどから「ruby」と呼んでいるが、rubyとはこの領域を指す言葉なはずだった。しかし、伯井は「rubyの仕業か」とはっきりと告げたのだ。

 rubyとは「政府団体」やエリアを指しても、動いているとは思えない。セントラル・タワーシステムの名前は違っていたし、AIシステムに誤作動はないはずだ。


「すいません、意味が……」

「君たちは、何も知らないんだな。そんな君だから、ジュニアは機密データを隠させようとしたのか。何も知らない犠牲の仔羊か」


 ますます分からない。(そうだ、兄貴は……)正確には兄貴ではないが、戸籍上は兄だ。父と母の行方も気になる。挿げ替えて家族生活を強いられるのはもうごめんだった。


「あの、俺の兄」

「静かに。聞かれているぞ」


 伯井は空に鋭い目を向けると、ミリタリージャケットの胸元に手を忍ばせた。小型端末を取り出すと、浮かせているPCに接続、小さなマイクのようなナノポッドに声を掛けた。


「俺だ。地点ポイント、RR35区画、SJ-654の上空だ」


 さっと会話を交わすと、その小型端末をしまい込み、「距離的に5分か」と空を見上げた。何が来るのか、と飛鳥と二人で息を殺して見上げていると、遠くから重厚音が響くのが分かった。


「あ、あれ! 母艦だわ! 今度こそ、母艦!」

「phantom-PD-RC4F。軍事用の航空母艦だ。rubyに聞かれるからな。俺は君たちを保護しに来たんだ」


『phantom政府機関 ヒューマノイド保護監査員 UNITED・ステイツ保護官』


 電子証明書を空中に提示すると、伯井は飛鳥をひょいと抱いて、下げられたロープを掴んだ。


「すまないな。昇り降りだけは、ロープなんだ。途中まで行けば時間短縮で引き上げてもらえるだろう。彼女はこちらが保護しよう。きみは一人でロープに捕まれ。そのまま母艦に入れるはずだ」


 ちら、と空を見上げて呟いた。「rubyが寝ている今なら、抜け出せるだろう。先日のきみのエマージェンシーブロードキャストでよほど回路を消耗したらしい」


 ――まったく分からない。


 しかし、これだけは分かる。


 伯井ハヤトは、蒼桐と飛鳥を保護に来たと言った。上手くいけば、兄の手紙の真相が分かるかもしれない。


(オリジナルの親父の血だな……あんな論文テーマにしたのも……)


 研究者の父のプロトタイプはとある国家事件を起こして処分されたという。

 それでも何処かに父は在ると思えるのだ。


『颯、きみは唯一のヒューマンだ。ヒューマンには知られてはならない力があるんだ。そして、それは世界を変える程の、奇跡を生む。――地球の本当の姿を、取り戻そうと思う。それが』


 こんな時に思い出した。


 父は、確かに告げたのだ。


 それがサバイバルEARTH……と。


 第一章 完


 

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