第11話 遠くの約束 現れた軍人

 その後も奇妙な事態は続いた。そうしているうちに、蒼桐は何が奇妙なのかを感じることになる。それはヒューマンゆえの違和感とも言えるモノだった。


*****


「え? 違和感?」


 いつもの日当たりのいい「公園」で蒼桐はクレープを齧る飛鳥に頷いた。


「そうだ。……起きたら、全てが元通りになっていたんだよ……」

「そんなはずないでしょ。心配したんだから。粉塵爆発なんて起こるはずがないのに。だってここ、地下でしょ? そんな爆発が起きたら、逃げ場がないし」

「ホログラムなんだと思う」


 ホログラムとは、映像投影の一種だ。想えば、あのマイナス宇宙も全てどこかから映していたのではないだろうか。そう考えると、合致してくる。

 部屋がマイナス宇宙に堕ちるなど科学的見地からもあり得ないからだ。


「第一に、マイナス宇宙なんかが部屋に出てきたら、俺はとっくに消えてるって」

「言われてみれば」


 飛鳥は呟くとクレープを食べ終え(とはいえ消化はしない。ただ波動を吸うような感じで、食とは言わず、触という)、立ち上がった。


「アカシックレコード」


 この瞬間だけはAIいいな、と思ってしまう。AIはサーバΩの恩恵を受けて粒子科学も自由自在だ。ゴーグルのようなAR技術も難なくこなせる。


 目の前に大きな筒が現れて、それは古代の幾何学模様に光り出して停止した。


 ――アカシックレコード……のアクセス中。


 アカシックレコードとは大きな宇宙の生存箱だという。古代から、その箱にアクセスできるヒューマンは限られた。しかし、いつからかヒューマンではなくAIが繋げられるようになった。

 第一に、AIには生まれつきのアクセス用のチップが埋め込まれていて、的確に情報を扱える。ヒューマンのような感情に揺らぎ、平穏を乱すことはないからアクセスも真っ直ぐに天に届く。


「最近、資格取ったから、第7密度までは調べられる。蒼、何を調べればいい」


「……俺の論文が完成するか」

 

 実際のところ、それが一番心配ではある。昨日来た「父」と「母」はもう何体目かで慣れている。そして大体到着すると穏やかなので、その数日は関わって来ない。彼らは生活に馴染むためのあらゆるデータを取って学んでいくからだ。


「えー? ……アカシック、蒼桐の論文は完成するの?」


 アカシックと呼ばれた筒が静かになった。「ん?」と飛鳥が耳を澄ませる。


「寝ちゃった。回答拒否」

「なんだ、そのアカシックレコードは……」


 飛鳥はぷうと頬を膨らませる。


「仕方ないじゃん。あたし、まだ子供のレコードしか扱えないんだもん。この子は育てたら大きくなるから。でもヒューマンについては答えてくれるよ。アカシック、ヒューマンはどのくらいいる?」


『ナユタ』


 ナユタ?

 

 ふたりで顔を見合わせた。


『詳しくは、飛鳥の手にあるようです。その手のひらをこちらへ向けてください』


「何この子、壊れてる?」


 呟いた時だった。二人の横を炎のような強い波動が突き抜けた。それはアカシック・レコードに直撃し、アカシック・レコードは次元に吸い込まれるようにブロック化した。まるでプログラムが消えるように、電子粒子になって、足元から消え始めた。


 何者かが背後から消したのだ。すぐにその人物は現れた。


「危ないAIハーフだな。アカシックに何を聞き出すんだ。危険分子ツインソウルか」


 声に振り返ると、大きな火炎放射器を軽く背負い、呆れた面持ちで立っている男が目に入った。白衣の上に、phantomの陸軍部隊のジャケットを肩掛けしている。

 顔の半分は前髪で隠れており、髪は銀髪。


「数日間見張っていてよかった。ヒューマンについては禁忌だと、そんなこともrubyは教えないのか。完全放置のヒューマンが何故自由にしているんだ」


「……あたし、AIハーフのヒューマノイドですけど」

 

 勝気な飛鳥が言い返した。軍人なのか医者なのか分かりにくい男は「あらら?」と飛鳥の胸のヒューマノイド証を見詰めた後、首を傾げた。


「AIハーフがアカシック・レコードの権限を? まあいい、二人ともphantomに来て貰おう。名乗り遅れた。僕はphantom特殊陸軍NDAの伯井ハヤトだ。phantom政治機構の役人だ。きみの兄のことで知らせがあった」


 ぞっとするような目線に、蒼桐は溜まった唾をのみ込んだ。


「思い当たる節があるだろう」


 先日の母艦を思い出す。ハチドリのマークは確かにphantomの部隊だが、最近多かったのは……


「俺が手紙を受け取ったせいですか」


「中身は? どの程度見たかによって、記憶改竄のレベルが変わるのだが」


「見ていないですよ。次元の奥の封印なんか、解けるはずがないでしょう」


 この軍人は、飛鳥のことを分かっていない。飛鳥は、AIでもハーフのせいか、能力が高い。ヒューマノイドが出来ることも、AIが出来ることも。もしかするとCIが出来ることも出来るかも知れない。


「……いや、君は解いたはずだ。先日消えたAIの記憶にエマージェンシーコールを発した形跡があった。どうやら」


 軍人はやれやれと吐息をつき、懐から小さなビー玉のようなものを空に投げた。

 それは透明になって、空中に文字を描く。


「我々を見くびっているようだが、蒼桐颯、飛鳥葉菜の緊急連行命令が出ている。罪状はヒューマン禁忌連合規約の機密抵触……君の兄は処分した」


「処分.....兄を殺したんですか!」

「兄ではないだろう。会いたければ地下の奥へ来るんだな」


「蒼.....行かないほうがいいよ」


 アカシックを消されて呆然とする飛鳥がぼやくように呟く。


 こういう時の言葉は一つしか浮かばない。


 (大丈夫だ)


 本当に?


 蒼桐は飛鳥の手をしっかりと握りしめた。『二人の周波数は……』手のひらの愛情測定の声が響いた。


 


 

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