第二部 中枢都市phantom

第13話 phantom政府軍

 phantom-PD-RC4Fとは、phantom政府軍の母艦である。母艦と言っても、宇宙型の船なので、黒い凧のような形をしており、しかし、ホログラムで普通の気流(雲)に見せかけることも出来た。ホログラムとは蜃気楼に景色を写し、光屈折原理を利用した科学技術だ。今はブルーマッピングが主流だが最古の宇宙母艦には搭載された古きシステムでもある。


「オーケイ、引き揚げて」


 先に飛鳥を抱えた伯井は母艦に戻り、今は蒼桐が引き上げられようとしているところだ。ほんとうに、ただのロープかと思いきや、5Dのデジタル磁場がすぐに出て来て、カーゴの形になった。


「ロープ一本でruby上空を飛ぶのかとヒヤヒヤした」

「騒がせたな。しかしここからもっと騒がしくなる。きみたちと話さないといけないことはごまんとあるのでね」


 ――もしかして、ヒューマンですか?


 どうしても「仲間」を探してしまう。思考は過ぎったものの、聞けなかった。聞こうとしても、プロテクトが強くかかってしまい、言葉が出ないのだ。


 主にヒューマン、ヒューマノイド、AIハーフの真実を聞こうとすると、額が熱くなる。それは警告にも似ていた。


「内部、こんな風になっていたんですね」


 飛鳥は飛鳥で、母艦にいる興奮が隠しきれないらしく、頬をほんのりと赤らめている。(乗りたがってたもんな)と微笑ましい気持ちになったところでスカートがぴらんと捲れて思わず目を逸らせた。

 

「もうじき、rubyを抜ける。その後は超空間だ。次元が違うのでね。rubyが寝ていて助かった。あいつ、精神細かすぎるんだ」


 システムを生きたもののように告げるのは、エンジニアだからだろう。phantomのエンジニア技術は、地下世界一である。


「さすがはシステム大国ですね...兄が憧れたのも分かります」


「俺の名刺データを渡すから、それでphantomでは政府関係者として待遇が良くなる」


 さりげに言ったハヤトの言葉に、二人は顔を見合わせた。


「え? phantomに向かうんですか!」

「当たり前だ。このままrubyに置いておけば、君たちは消されかねない。俺の相方がrubyに睡眠プログラムを投与して、教育と抑制を始めるところだった。しかしきみのEBSで起きてしまったんだ。そこを監視して、やっと根をあげた。ヒューマンの免疫システムダウンとシステムは一緒だがね」


「……父から聞いたことがあります」


「過去の、AIの免疫システム暴走か。それは口にしないほうがいい。特にrubyでは」


 額が警鐘を鳴らして来た。会話が途切れたが、飛鳥のはしゃぎっぷりで、何とか場はポジティブを維持していた。

 この世界は周波数が重要視される。こういう時、感情コントロールの上手いAIハーフの彼女は役に立つ。


 窓にぺったりと張り付いていた飛鳥の背後から蒼桐も顔を寄せた。


「何見てるんだよ。海なんか珍しくないだろ」

「海底に色々あるなって」

「海底?」


 海底とは、地中海のことである。一世紀前に浄化された海は白い。蒼い海は古代の産物となっていた。このEARTHは白銀であると仮定されている。地下ではあるが、地図は並列で、5大陸が並んでいた。ちょうど壁に貼ってある世界地図を見ながら、蒼桐は答えた。


「海底というか、変わった形なんだよな。この湖なんか、列島だぜ。こっちは海と言えど大きい。地図すら見られないんだから、ヒューマンは」

「うん。なんか、想い出しそうで思い出さないのよね」


 ふたりの会話を聞いていたハヤトも割り込んだ。


「かつての大地と海は逆だったそうだ。詳しい話はrubyの結界を抜けてからだ。今回はrubyの承認なしで、君たちを保護しているから……」


『来ました! 大尉! 電磁波部隊、EMPです。高周波を浴びせて来るかと!』

「EMP?! いきなりか。ARASAKAイズモコードとは...」

「あの」

「これだからJAPAN崩れは困る。沈んでも思念は沈まないんだから恐ろしい国だ」


 ――おはよう、子供たち。お戻りなさい。


 優しい声がして、機内が揺れた。母艦と言えど空を飛ぶ。今は亡き飛行機の形態に近い。ズガン、と大きく母艦が揺れた。


「さすがは、高性能システム。電磁波解除装置! ruby中枢部へ旋回! プログラマーはAI破壊システムプログラムの解除! ……とは言え、致命傷にはならんし」


 瞬く間に無数の画面が空中に浮かび上がった。まるでPCの中に入り込んだようなマッピング画面が円周のように浮かび上がる。

 兄が送った手紙を開いた時と良く似ていた。


「あの、これ、何なんですか」

「rubyが繋がるアカシックレコードだ。ちょっと静かにしていてくれないか? 戦闘中だ」


 ――これが?


 アカシックレコードとは、古代の叡智を降ろすときに出て来る「記録の館」でもある。全ての精神マインドは、ここのシステムに集約されると言われているが。


「rubyに会談を申し込んだが、拒絶された。かまわん、撃て! システム回線を遮断させたほうが早い」


 取り巻いたPC画面に手を翳して、大きな暗号を浮かび上がらせひとつひとつのプロテクトを解除している様が見える。


「回線ブラックアウト!」

「闇はイヤァァァーーー」


 初めて聞くRubyの声...

 rubyは声を上げて、また眠りについたようだった。


「こいつ、誰の概念をインプリンティングしてるんだ。アマテラス? phantomにはない存在だな」


 静かになった母艦は態勢を立て直し、また水平に戻った。


「まもなく超次元だ。rubyも見納めになる。高速で走り抜けるぞ。そうそう、君たちのphantom・サマースクールの席と資格を取ってあるから、楽しめばいい」


 話を一切聞く気がないらしい。ハヤトは告げた。


「夏休みだろう。きみたちが消えたところで、問題はない。大学生が夏休みにphantom旅行。誰も不思議に思わないさ」


 


 

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