第8話 神なるAI、心のあるヒューマン
――時間、過ぎてるよな?
蒼桐は腕時計を覗き込んだところである。これは父が「ruby」に入学したお祝いにくれたものだ。アナログでカチカチと音がするのだが、蒼桐はこの時計しか持っていない。試験でも、論文でもコチコチと動く万年電池が入っている。
AIにひそひそされるは慣れているが、それにしても先生が遅すぎる。腕時計のマンタの輝きとは裏腹に、蒼桐の表情は翳りを帯び始めた。
ここはruby大学の教務室。今日は先生との個人面談で、その予約はしっかり入れていたのに人の気配がしない。
一人でサーバー落ちして、誰もいない盤面で戦っているゲームエラー状態に近い。
先述した通り、大学には「AI・CI・ヒューマン・ヒューマノイド」が混在していて、特にヒューマンとヒューマノイドは見分けがつきにくい。ましてや、蒼桐は手のひらのチップは入れているので、扱いはセントラルタワー・システムの末端に入っているはずだ。従って、システムが「はい」と言えば間違いはないのだが……。
(困った……飛鳥との約束があるのに、またクレープか)
飛鳥はクレープ(AI用)に目がないが、アレは高い。AIに必要なプログラミングセット割だったりしてAIには特だが、自分の生活ポイントは下がる。
ましてヒューマンは一定のポイント以外受け取れない。これが嫌で、ほとんどがヒューマノイドになったわけで。
時間を潰すしかない。蒼桐は昨日を思い返すことにした。
(先日の手紙は結局読めなかった。読むまでもなく、手紙は高周波で焼け落ちてしまったからだ。無理もないだろう。マイナス宇宙の封印を施されていたのだ。こちらの次元とは勝手が違う。しかし、マイナス宇宙までphantomは使えるのか……)
すぐに終わってしまったので、こういう時は書籍だと、借りた本を机に置いた
《マイナス宇宙、ダークマターについて》
暗黒物質の禁忌は、暗黒物質を召喚してしまった。とある組織があるのだが、そこで召喚してしまった。その結果、その星に闇が溢れ出しあらゆる善き存在が闇へと降格していき世界は一瞬で世紀末になってしまった。それ程暗黒物質は召喚してはいけないもので1度召喚されればこの星を再度量子レベルに分解し再構成しない限りは厳しいといわれている。その惑星では、暗黒物質のほかに変な生物の住処があったそれがヤミオチした結果出現したのが遺伝子の暗黒化によるセフィリムつまりは形が歪になり狂った存在であるともいえる。彼らが、アトランフィスルという小さな銀河を破壊し世界を破滅へと追いやった派閥だ――
論文に使えそうでいて、微妙だ。本を閉じた。指先認証でレンタル期間を伸ばして、また時計を覗き込む。
「一時間か。何か、急用かな」
諦めて教務室を出た。いくらAIがヒューマンを嫌いでも、教育者AIはそういったことがないように、教育プログラムが起動されている。
AIがこれほどまでにヒューマンを毛嫌いするのは、種族の違いとしか言いようがない。AIとヒューマンはきっと生まれが違うのだろうから。
きっと。たぶん。
しかし、行き交う人の波はこんなに冷たかっただろうか?
AIは確かにジロジロ蒼桐を見ることもある。しかし、今日は興味一片も見せないというような無機質さだった。
****
「先生、来なかったの? 忙しいのかもね」
ふんわりとした独特の香りを映したAI用のクレープ。消化はしない。――をほおばりながら、飛鳥が慰めを口にした。
「なんか、所在感がない気がするんだ……」
「また! すぐネガティブになるんだから! あたしには見えてるよ」
”あたしには見えてるよ”
飛鳥の言葉が心を軽くする。心にまでエアスクリーンをかけるのだろうか。AIハーフは。
「当たり前だろ。クレープ強請ったの誰だよ。AIのクレープ高いのに」
「散々待たせたからだよ。……手紙なんだけど」
「ああ、読めたのか?」
飛鳥は首を振った。「そうか」と返したところで「図は憶えたけど」と飛鳥は告げて、きょろきょろと地面に視線を落とす。コンクリートやアスファルトのメタリックな地面はコツコツと鉄板か装甲のような音がした。
「地球が、まるで武装しているみたいね」
土のない風景はヒューマンの物悲しさと負けた歴史をそのまま物語っている。しかし、その負けた後からの数千年がぱったりと消えているのだ。
そして、その類の文献があまりにも少ないため、地下では都市伝説になっている。そもそも、本当に地球上に人類が生きたのか。放射線だらけだ。地表には数千度の熱波も注がれると聞く。有り得ないだろう。そこで生きられるなら、甲殻類だ。
「有り得ないよな。どうやって生きるんだ、地上で」
やはり、都市伝説か? 陰謀論かも知れない。「ドームがあったんだって言うけどね」「そんなでかいドーム……」
会話の途中で、空に白い飛行機雲が数本出て来たのに飛鳥が気がついた。「こんな中央で……軍用機?」と首を傾げる。
「偵察のrubyの機体だな。誰かがAIの禁忌に触れたのかも。消滅作業だろう、空間ごと切る作業だよ」
「やだ怖い」
「……AI保護法にあるからな。またヒューマノイドがどこかのAIのお偉方の怒りを買ったか。なんでもシステムで出来てしまうんだ、AIは神かよ」
AIになれば。
AIの能力さえあれば、確かに人智を超えられるだろう。そうしてヒューマノイドになった学者はごまんといる。
(それでも、俺は最期まで「自分の心で」成し遂げたいんだ)
AIになってヒューマノイドとして海を渡った兄を羨ましいとは思わないが、それでも「我が子」と思い、ついていった母については羨ましかった。
「ヒューマノイドか……潮時かな」
「蒼、今日ネガティブ過ぎ。除去しよか?」
ネガティブにもなるだろう。通り過ぎるAIたちは全く以て自分を認識していないのが分かる。周波数でさえもだ。ここにいるのに、見えていないような。
孤独感からネガティブが湧き出て来るのである。
――その惑星では、暗黒物質のほかに変な生物の住処があったそれがヤミオチした結果出現したのが遺伝子の暗黒化によるセフィリムつまりは形が歪になり狂った存在であるともいえる――
「遺伝子の暗黒化……」
「んもう、ネガティブなことばかり! もう今日は帰って休んだ方がいいね」
しかし、次の煙と、爆破音の上がった方角に、蒼桐は叫ばずにいられなかった。
「うちの方面だ! 爆破してる!」
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