第32話 真の標的は


殺される! そう思ったのだが、スラッシャーはすぐには手を下さなかった。

まず僕を、続いて先輩の手首を縛りあげてから、木につるしていく。

僕らは太い枝に一メートルくらいの感覚でぶら下げられてしまった。

ゆっくりといたぶるつもりだろうか?

そうやって吊るしておいて、スラッシャーは僕の懐に手をつっこむ。

クナイ、目つぶし、煙玉などをはぎとられ、武装は完全に解除されてしまった。

次にスラッシャーは背中のムラサメに手を掛けたのだが、ムラサメは僕の背中にぴったりとくっついたまま離れない。


「どうなっているんだ?」


 仮面の向こう側からくぐもった声が聞こえた。

 この声、どこかで聞いたことのあるような……。

だめだ、誰の声だったかは思い出せない。

転移前のことだけど、ヤバい奴はあまり刺激しない方がいいという記事を読んだことがある。

スラッシャーはムラサメが外れなくて苛立っているようだ。

何とか気を鎮めさせないと。


「そいつは呪われた武器で外れないんだ。ダルーマ神殿に保管されていたから……」

「チッ、メンドくせえ」


僕からムラマサを外すのを諦めてスラッシャーは先輩の方へと向き直る。

 そして先輩の体をまさぐりだした。


「な、何をするっスか? 私は武器なんて持っていないっス」

「そうだ、先輩に触るな!」

「くっくっくっ、必死だな……」


 スラッシャーは肩を揺らして笑っている。

やっぱりどこかで聞いたことのある声だ。


「もしかして、僕の知り合い……?」


 スラッシャーは手をとめて僕の方を向いた。

 笑顔の白い仮面がやけに不気味に光っている。


「ふぅ……、ようやく思い出してくれたかよ」

「どうして……、どうして僕の知り合いが連続殺人犯なんだよ?」

「連続殺人犯? 違う、違う。お前はなんにもわかっちゃいないのさ」


 おもむろにスラッシャーの指が仮面にかかり、ゆっくりと外していく。


「お前は!」

「ようやく気が付いたか。そう、お前の雇い主だったグイン・ポントラックだよ」


 この世界に来たばかりの僕をポーターとして雇い、ダンジョンの奥に捨てていった男がそこに立っていた。


「まさか、お前がスラッシャーだったなんて……」

「はあ? まだ気が付かないのかよ?」

「どういうことだ?」

「俺はスラッシャーのふりをしてお前たちを脅していただけさ。本物のスラッシャーじゃねえ」

「だけど、最初のときはノイマ先輩の心臓を狙ってナイフを……」

「だから、それは俺じゃねえんだよ。こいつがスラッシャーに襲われたと知って、その状況を利用してお前たちを怖がらせていただけなんだから」


 つまり、ポントラックはスラッシャーではない……?

 そうとわかると新たな疑問が湧いた。


「何のためにこんなことを?」


 僕が質問を投げかけると、それまでヘラヘラしていたポントラックが憤怒の形相に変わった。


「なんのためにだと? 復讐のために決まっているだろうがっ!」

「復讐のためって……ノイア先輩がお前に何をしたって言うんだよ?」

「こいつじゃねえ! 俺は、お前に復讐しているんだよ、コウガ・レン」


 僕にだって?

 そんなことを言われてもこちらには全く身に覚えがない。

 僕は利用されて捨てられた被害者である。

 むしろ、復讐するのは僕の方じゃないか。

 驚いている僕に呆れながらポントラックは声を荒げる。


「本当に何もわかっていないようだな」

「僕には復讐される覚えはないぞ」

「何を言ってやがる、お前が俺から未来を奪い取ったんだ!」


 もうわけがわからない。


「どういうことなの? 僕が何をしたっていうんだよ!」

「てめえが書いた、あの告発文だよ!」


 告発文って……、新聞の横に書いたあれのこと?


「お前が書いた文章を見て、ギルドの査察が入ったんだ。てっきり死んだと思っていたポーターたちも生き残っていて、みんなして俺が悪いと証言しやがった」

「どういうこと……?」

「あれのおかげで俺たちのAランク昇格はなくなった。それだけじゃない、あのままいけば俺は叙勲されて、騎士爵になれるはずだったんだ! それもこれも、ぜんぶおまえのせいでおじゃんになっちまったんだよ!」


 ほんの落書きのような告発文が二人の人間の未来を大きく変えてしまったというのか……。

あれのおかげで僕はノイマ先輩にスカウトされ、異世界での生活は安定した。

ところが、ポントラックにとってあれは、栄光への道から突き落とされるきっかけとなってしまったようだ。

だけど、それを僕のせいだけにするのは違うと思う。


「僕に復讐と言ったって、けっきょくのところ自業自得じゃないか。君が僕らをダンジョンの奥に置き去りにしたのは事実だろう?」

「うるさいっ! 俺たちは命がけで戦ったんだ! 相手はあのサイクロプスだぞ! そのためにどれだけの苦労と犠牲を払ったかわかっているのかっ!」


 僕だってあの場にいたのだ、そんなことは重々承知している。

 だけど、だからと言って、こんなことをするのは間違っている。


「復讐してやるよ」

「え……」

「お前も大切な未来を奪われてみればいいんだ」


 ポントラックはナイフを抜いて先輩の首筋に這わせた。


「やめろ。復讐したいなら僕にすればいい。先輩は解放してくれ」

「いいねえ、その絶望に満ちた顔。俺もそんな顔をしていたんだろうなぁ。Aランクになれないと分かったあの日、叙勲の話が消えたあの日はよぉっ!」


 振り上げられたナイフの刃が夕日にきらめき、下まで振り下ろされた。


「やめろぉっ!」


 鋭利なナイフは先輩の服を切り裂き、肌を露出させた。


「安心しな、すぐには殺さねえから。殺すのはお前をさらなる絶望の淵に落としてからだ」

「おい……」


 ポントラックは凶悪な笑顔を浮かべた。

 極限まで上がった口角とむき出しの黄色い歯は残忍な魔物を思わせる。


「ご想像のとおりさ。今からお前の大切な先輩をたっぷりとかわいがってやる。弄んで、犯し尽くしてから殺してやるよ。そのあとはお前の番だ」

「やめろ……、やめろぉっ!」


 ポントラックは僕の言葉など聞いていなかった。

 切り裂かれた先輩の服をさらにはぎとっている。


「しかし、とんでもなくエロい体をしてやがる。ん、なんだこれは? ビキニアーマーじゃねえか!」


 気丈にも先輩は声を上げずにポントラックを睨みつけているが、顔面は蒼白だ。

 僕は叫んだりしていたが、意外にも心の中は冷静だった。

 これも忍者というジョブのおかげだろうか。

 はやいところ戒めを解いて先輩を助け出さなければならない。

 僕の縄抜けスキルはレベル2と、他のスキルと比べても見劣りがする。

 まさかこんな事態になるとは思わなかったので、修行優先度はいちばん低いと考えていたからだ。

 ただ、ありがたいことにポントラックは冒険者であり、拘束のプロではなかった。

 もしも後ろ手に親指などを絞められていたら僕にはどうすることもできなかっただろう。

 だけど、奴が縛ったのは僕の手首だけだ。

 しかも、縛られる際に抵抗して、わずかに隙間を作ってある。

 これなら僕の拙い縄抜けの術でもなんとかなるだろう。

 ポントラックは先輩の服をすべて剥ぎ取り、ビキニアーマーだけの姿にした。

 その状態でじっくりと観察している。


「見れば見るほどいい体をしてやがる。殺すのがもったいなくなるくらいだ」

「今ならまだ間に合うっス。こんなことはもう……」

「うるせえ! お前は俺を満足させることだけ考えていろ。俺がもう一発したくなったら、その分だけ長生きができるんだからな」

「…………」

「さて、そろそろこいつも脱いじまうか?」


 ポントラックはビキニアーマーの紐に指をかけてゆっくりと引いた。


「おお、すげえ!」


 ノイマ先輩の白い乳房がボロンとこぼれ出ている。


「こいつはたまんねえな。おい、見ている……カハッ?」


 ポントラックがこちらを見ると同時に奴の側頭部に蹴りを入れた。

 縄抜けはなんとか成功した。

 今後のことを考えると、これももう少し修業した方がいいな。

 それと体術もまだまだだ。

本当は急所のこめかみに蹴りを叩き込む予定だったのだけど、すんでのところで外されている。

 蹴りの威力にポントラックは勢いよく地面に転がったけど、平衡感覚を失わせるには至らなかっただろう。

 腐ってもBランク冒険者だけのとことはあるのだ。

 傍らに置かれていた自分のクナイに飛びつき、僕は構えた。

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