第31話 忍び寄る危機
ダルーマ神殿に男が来たということで、女神官たちは大騒ぎをしていた。
「あれが男?」
「見てはなりません、目が汚れますよ!」
ひどい言われようだが、どうしてここまで男が嫌われるのだろう?
「簡単に言うと、色恋は脳の錯覚だと考えられているっス。そんなものに囚われず、ひたすら信仰に打ち込みなさいというのがダルーマ神殿の教えなんスよ」
「つまり、男の存在なんて忘れてひたすら神さまのことだけを考えろ、ということですね」
「そういうことっス。実際に効果は高いみたいですよ。ここの女神官たちが使う破魔の神聖魔法は他の神殿のそれと比べても強力という話っス」
それでたくさんの呪われたアイテムが収蔵されているのか。
でも、異性を無視するってどうなんだろう?
受験のときは恋愛禁止、なんて言葉を聞いたことがあるけど、それに近いのかな?
あれも恋愛に気を奪われず勉強に集中しようという考え方だ。
たしかに、信仰に恋愛は邪魔かもしれない。
でも、楽しいと思うんだけどなあ。
成就できるかはわからないけど、僕は先輩がいるだけで幸福だ。
それにさ、恋愛の対象は常に異性とは限らないだろう?
女の人を好きになったらどうするのさ。
同性ならいいなんていうダブルスタンダードは許せないぞ。
とりあえず僕を汚らわしい珍獣扱いするのはやめてほしい。
「きゃっ! 男がこちらを見ましたわ」
「みなさん、それぞれの持ち場に戻りなさい! ここにいてはなりません!」
年かさの女神官が集まってきた人々を追い立てていた。
僕は窓のない奥まった部屋へ連れてこられた。
広い部屋で四隅には燭台が灯されている。
床には直径三メートルの魔法陣が描かれ、正面には祭壇もしつらえてあった。
「こちらへ……」
僕は魔法陣の中央に立たされ、妖刀ムラサメを持ったまま両手首を縛られた。
ロープが食い込んで痛いくらいにしっかり縛られている。
「どうしてこんなことを?」
「儀式の最中に暴れださないようにです。今は正気を保っていますが、いつムラサメに精神を乗っ取られるかわかりませんので」
そういわれてしまうと従うしかない。
僕はおとなしく解呪の儀式が始まるのを待った。
***
結論から言うと解呪の儀式はことごとく失敗した。
いろんな神官があらわれ、いろんな儀式を試したけど、どれもこれも無駄骨に終わってしまったのだ。
ムラサメは僕の手にぴったりとくっついたまま離れない。
女神官たちはクタクタに疲れて部屋の壁にもたれて座っている。
「私たちではどうにもなりません……」
院長さんが悔しさをにじませながらつぶやいた。
そう言われても僕だって困るのだが……。
「どうしたらいいでしょうか?」
「ムラサメの願いはダルーマ神殿から外へ出ることです。門の外へさえ出れば、多少は力が弱まる可能性もあります。解呪ができる神官は他の神殿にもおりますので……」
つまり、他所へ行って解呪してもらえってこと⁉
「どうしてムラサメはここから出ていきたいのでしょうか?」
「妖刀ムラサメは伝説の刀鍛冶ムラサメ・ヨイチによって作られました。しかも自分の家名を与えるほどの出来栄えだったそうです」
「そんなにいい刀がなんで妖刀なんですか?」
「詳しいいきさつはわかりません。ただ、ヨイチはできたばかりのムラサメを見て、即座に封印を決めたという文献が残っています。これは世に出してはいけない刀だ、と言ったとかなんとか」
それ以来ずっと三百年くらいダルーマ神殿にあるらしい。
「男子禁制のダルーマ神殿にこれ以上あなたを置いておくわけには参りません。即刻お立ち去りください」
僕はノイマ先輩とともに門のところまで追い払われてしまった。
門の扉が閉まる前に院長さんが念を押してくる。
「いいですか、それが妖刀ムラサメであることを吹聴してはなりませんよ」
「はあ……」
扉は大きな音を立てて閉じられ、ガチャリと鍵がかけられた。
「やれやれ、ひどい目にあったっスね」
「まったくですよ。しかしこれ、何とかならないかな……」
手に刀なんて持っていたら、駅馬車だって止まってくれないかもしれない。
誰だってそんな不審者は乗せたくないだろう。
せめて腰に差しているっぽい状態にすれば……。
「あっ、手が離れた!」
「ほんとっス。どうやったんスか?」
どうやったも、こうやったも、僕は鞘を腰帯に差しただけだ。
ひょっとして、刀の一部が体に触れてさえいれば手は離れるのかな?
それならばと、忍者らしく背中に担ぐことにした。
「おお、両手が自由に使える!」
要は体のどこかに触れてさえいればいいようだ。
武器を装備している人は珍しくない世界なので、これなら馬車にも乗せてもらえるだろう。
剣の頭を手のひらでポンポンと軽く叩いてみたけど、手がくっつくことはない。
ずっと左手が使えないと思っていたから、少しだけ安心できた。
やれやれ、厄介なものに魅入られてしまったなあ。
ブリンデル市に戻ったら高名な神官さんに相談して呪いを解いてもらおう。
編集長なら顔が広いから心当たりがあるかもしれない。
神官さんへの謝礼は経費として認められるかな……?
この世界で労災を望むのは厳しい気がするなあ。
「コウガ君、日が暮れてきたっス。駅馬車の停留場まで急ぎましょう」
これを逃すと本日の便はなくなってしまう。
下手をすれば木こりの物置小屋などで野宿だ。
先輩と一緒なら僕は苦じゃないけど、ノイマ先輩を辛い目に遭わせたくはない。
足を速めて僕らは坂を下りた。
と、森の中から妙な気配を感じた。
絡みつくような視線である。
「え……」
先輩もその視線に気が付き足をとめた。
ブナの大木の横に長身の男が立っていた。
男は黒いマントに茶色の革ブーツ、つばの広めな黒い帽子をかぶり、顔には仮面をつけている。
「ヒュー、ヒュー……」
「先輩!」
興奮で過呼吸に陥りかけている先輩の手を取って走り出した。
間違いない、あれはブリンデル・タイムスに載っていたスラッシャーの姿だ!
スラッシャーは音も立てずに僕らを追いかけてくる。
僕は懐の手裏剣を取り出した。
修行では木の的に何度も投げたけど、生物に向かって投げるのは初めてのことだ。
相手は連続殺人犯だけど、本当にいいのだろうか?
当たり所が悪ければスラッシャーは死ぬ……。
ええい、何を迷う!
先輩と僕の未来を優先しろ!
たとえ人殺しになってもだ!!
振り向いて二枚の手裏剣を同時に放つ。
ところがスラッシャーはこともなげにその攻撃を剣ではじいた。
それだけで僕は確信する、奴は強い。
動揺でよろめく先輩の体を再び支えて僕は走る。
僕一人なら何とかなると思うけど、先輩を守りながら戦うのは不可能だ。
こうなったら誰かを頼るしかない。
「駅馬車が来るまで持ちこたえましょう!」
「わ、わかったっス!」
盗賊対策のため、駅馬車の御者は腕の立つものが多い。
乗客の中にも戦えるものはいるだろう。
相手が世間を騒がせているスラッシャーだと知れば、助太刀してくれる人は多いはずだ。
停留所まで走れば他の乗客が馬車を待っている可能性だってある。
僕らはその可能性にかけて坂道を走った。
ところが坂の中腹にさしかかってすぐ、足の下で青い光がきらめいた。
途端に体が重くなり、自由が奪われていく。
これは、マジックトラップ⁉
しまった、と思う間もなく体が動かなくなってしまった。
「くくく、獲物が罠にかかったな……」
スラッシャーがゆっくりと僕らに近づいてきた。
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